スクラップ工場と古田くんのカギ

ザリガニの古田兄弟

といえば

とても大きなザリガニを
数年に渡って育てていることで

ナマズ小学校では
少しだけ知られた存在だった。

(字は変えていますが、
本当にナマズ小学校という名前でした。)

古田くんは小さくて可愛くてクラスの人気者だった。
大人からも好かれていて
お小遣いとかを最初にもらうのは古田くんだった。


小学校の頃から僕は人と話すのが上手にできなくて

大体いつもポツネンとしていたのだけれど

トマトが大嫌いで
どうしても食べることができなかった
給食で出される古田くんのトマトを
僕はこっそり食べてあげていたので

古田くんはみんながいないところでなら
僕と仲良くしてくれるようになった。


小学校3年生の僕と古田くんの
主な遊び場は
自動車のスクラップ工場だ。

積み上げられた自動車の敷地に忍び込んで
原型をとどめているものを探しては乗り込んで
ロボットごっこをしたり
運転している気分を味わうのは

僕たちにはとても刺激的なことだった。

そしてある日
とてもきれいな車を見つけた。

きれいといっても
「スクラップ工場の中のきれい」なので
廃車であることは間違いがない。

比較的よく原型をとどめている

と言う意味だと思って欲しい。

非常に珍しく
助手席も、運転席もシートが残っている。

僕と古田くんは2人で喜んで車に乗り込んだ。

そして、

その車に

鍵が挿さりっぱなしなのを見つけたのだ。


子供だった僕たちにとって
鍵は特別で貴重なものだった。

子供には持つことができない
大人たちの持ち物で
何か不思議な力のある(気がする)
扉を開けることができる
ゲームの中なら魔法がついている。

宝石のような感覚だったと思う。

その鍵が今、僕たちの手の中にある。

僕は鍵を持って帰ろうといい

古田くんはやめなよといった。

僕はどうせ車は壊されるんだから
この鍵はいらないはずだ。
持って帰ろう。と、僕はいい

古田くんは
やめたほうがいい。

と言った。

結局

僕は鍵をもって
自動車工場を抜け出した。

古田くんはやめなよと言っていたが
鍵をもって工場を出ると

その鍵はぼくにくれ。

といい始めた。

でないと、

鍵を工場から

持ってきたことを言いふらすぞ、と。

ぼくはやめなよと言ったじゃないか、と。

やられた。


僕は、本当に、
もう、本っ当に悔しくて
悔しくてたまらなくなった。

こいつは、最初からこうなる事を狙っていたのだ。

この小さな同級生のヒレツさに
言い返す言葉を持たない自分の愚かさに
言いようのない
ジリジリとした赤黒い感情が湧いてきた。

でも僕は他に話せる友達はいないし、
古田くんは大人に人気だから、

何も言い返せない。

僕が見つけて、
僕がとってきた鍵なのに。

僕は完全に敗北した。

鍵は、渡すしかないのだ。

古田くんはニコリと笑っむ

ぼくの家でゲームをしよう。

それまでは、鍵を持ってていいよ。

そういうと足取り軽く
僕の前を歩いて行く。

僕はジリジリと彼の後をついていく。

それでも、僕には彼以外
話し相手はいないのだ。

悔しい。
でも他に話し相手はいない。

繰り返しの思考。

そして家につくと様子が変わったのだ。

「置き鍵が、ない」

古田くんの家は
共働きなので
昼間は家に親がいない。

それで、鍵が隠してあるのだが

その置き鍵がない。

隠し場所にない。

古田くんは一生懸命探す。

ザリガニの水槽の下とかも探す。

無い。

鍵がないと、古田くんは

まだ寒い4月終わりの中

夜まで外で待たなければいけない。

(さらに小学3年生の僕たちにとって、
帰りのチャイムが鳴っても家にいないのは
犯罪と同じ位よくないことだった)

古田くんは
ないよないよと言いながら鍵を探す。

10分経っても、出てこない。

僕はポケットに手を入れたままじっと見ている。

鍵の隠し場所なんて、手伝いようもないのだから。

古田くんは、必死だ。

古田くんはトマトを食べられずに
お昼休みになっても
給食のトレイを片付けさせてもらえずに
周りが掃除を始めて
机をどかしても1人だけ教室の真ん中で
皿の上にトマトが1つだけ乗っていて

その時よりもひどい顔をして泣き始めて

鍵がないんだ。

鍵を出してよ。ねぇ。

といった。

その顔と鳴き声を見ていたら
僕はさっきまで感じていた
怒りの炎のようなものはすっかりと消え失せていて

それよりもかわいそうなかわいそうな
この小さな唯一の友人を
なんとかしなければいけないと思って

違うとはわかっている上で

自動車工場で見つけたあの鍵を出した

今ここにある鍵はこれしかないのだ。

パニックになっている古田くんは

鍵だ。

といいながらその鍵を見て

ねぇ、開けてよ。

と、頼んでくる。

僕は開くわけがないとわかっている上で
せめて付き合ってあげようと思いながら
鍵を挿した。


開いた。


開いちゃったのだ。


古田くんは、泣いて喜んでいる。
僕も嬉しくなって


僕は

「この鍵は古田くんが持っていたらいいよ」

と、鍵を渡した。

古田くんは泣きながら
ありがとうありがとうと言って
家に僕を入れてくれた。

僕は今でも時たまこのことを思い出しては

どの扉が、どの鍵で開くかはわからない。

と言い聞かせている。

あと、浅くていいから

いろんな人と喋れるようにしておこう

と思っている。

この人しかいない
と思ってしまうのは、危険な状態ですね。

しんろくでした。

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