うなぎについて思うこと

今日は「土用の丑の日」ですね。

みなさん、夕飯はうなぎでしょうか。

うなぎといえばこんなニュースがありました。


ミャンマーでもウナギの争奪戦始まる

「ニホンウナギは、先月、絶滅危惧種に指定され、将来的に輸出入が規制されるおそれも指摘されています。こうしたなか、注目されているのが、東南アジアなどに生息するまだ絶滅危惧種とされていない種類のウナギで、民主化で国が開かれたミャンマーでもウナギの争奪戦が始まっています」


現在ニホンウナギが絶滅する可能性があることについて、うなぎの消費を見直すべきではないか、という議論があることをご存知の方もおられるかと思います。

そのなかでは「ニホンウナギが食べられないのなら他国のうなぎを捕ってきて食べればいいじゃないか」という発想について、さまざまな非難の声もあります。このままでは近い将来「日本人は自国の資源はおろか他国の資源まで食べつくしてしまった」という悪評をこうむってしまうのでないかという危惧もあります。


国民に特性があるとするなら、日本人には「みんなと同じほうに走っていると、自分では止まれなくなる」ということがあるのでは、と考えることがあります。しかも、走っていく方向には特に目的がない、と。

走ってしまうものはしかたないですが、もし間違った方向に行こうとしているなら、それを止めるのがマスコミや政府に期待される働きのひとつでしょう。しかし、マスコミに関してはうなぎの報道ひとつとっても、「丑の日だからうなぎを食べよう」という話しかしないし、ニホンウナギが絶滅しそうだというと、「じゃあ、別の国から輸入しなきゃ!」となってしまいます。

民放はスポンサーにスーパーやコンビニ、飲食店がついているので、丑の日にはうなぎキャンペーンに加担するのはわかるのですが、上記のNHKのニュースですらあんな感じなのは問題だと思います(まぁ、NHKは日本政府がスポンサーであるともいえますが)。

本来ならマスコミには、走っている人たちの前に立って足を止めせたり、先導して方向転換させたりする機能が期待されているのですが(ナウシカが王蟲の前に立ってる感じ)、現状は逆になっているようにみえます。後ろから人々を追い立てて、ある方向に走らせたうえに、自分達もその背中を追いかけて一緒に走っているのではないでしょうか。

マスコミがダメとなるとあとは政府ですが、さすがにいろいろな配慮から「うなぎ食べるの禁止」とはいえないでしょう。いいところで「うなぎ税」の導入で、消費を鈍らせるということが考えられます。でも、うなぎを食べたがっているみんなが嫌がるような政策をとれるでしょうか。そういう決断ができる人がいるでしょうか。

たかがうなぎのことで、と思われるかもしれませんが、たかがうなぎのことでさえ方向転換が難しいのですから、ほかの問題ではなにをかいわんや、というのが日本の現状という気がします。


いろいろ書きましたが、うなぎを食べる食べないは結局、個人の判断です。ただ、目の前のうな丼を食べることが、どういう未来につながっているのか、ということは考えてみてもよいのではないでしょうか。

議論があることを知ったうえで、それでも食べたいというのなら、それはそれでよいのでしょう。ようは、自分で選んだということが大事なのだと思います。

選択の結果については、いずれ自分が引き受けることなるかもしれませんが。

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