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月のうさぎ


「あぁ、ぼくは、______。」



「月のうさぎっていつもひとりぼっちだね。」
少年は言った。


「どうしてそう思うんだい?」


「だって、夜になったらみんなおうち入っちゃうでしょ?誰もうさぎさんのこと見てないよ。太陽の方がみんなおうちから出てるから寂しくないよ」


おばあちゃんは言った。
「そうだねえ、たしかにうさぎは寂しいかもねえ。」
「でもね、うさぎはいつも楽しそうに笑ってるんだよ」


不思議に思った少年は
「どうして?どうして1人なのに笑ってるの?」
と聞いた。


おばあちゃんは
「どうしてだろうねえ、いつかおまえにもわかる日が来るよ。」
そう言って優しく少年の頭を撫でた。




今日も頭上の星躔を見上げ、
丘の上にひとり、少年は息をついた。
木々を揺する優しい夜風が肌を撫でていく。


「今日もぼくはひとりぼっち…。」


少年が絞り出した声は誰にも届くことなく、
闇の中へ溶けていく。


ある日の夜、少年はいつものようにひとり、
丘へ行き夜空を見上げた。
星は瞬き、まんまるの月が浮かんでいた。

「月のうさぎさん、やっぱりきみはひとりぼっちだね。」
少年は月を見つめ呟く。

「おばあちゃんはさ、きみは寂しくないって言ってたけど、そんなの嘘だ。ほんとうはきみも1人はいやでしょ?きみもぼくと同じ、ひとりぼっちなんだ。」

月は答えない。
ただ、あたたかい光を夜空に灯すだけ。


「ぼくは太陽になりたい、太陽だったらみんなぼくのことを見てくれる、そうしたらひとりぼっちじゃなくなるのに。」


少年の目に浮かんだ星は
すくい上げる暇もなく地面に吸い込まれていった。



「そこにいるのはだあれ?」

少年が振り返るとそこには
少女がひとり、こちらを見ていた。


1歩1歩近づく少女にバレないよう、
少年は目を擦る。

「ここでなにしてるの?」

「星を見てたんだ。」

「星が好きなの?」

「ううん、別に好きじゃない。」

少年は絞り出すように言う。

「ぼくはいつもひとりぼっちなんだ。誰もぼくのことなんて知らんぷり。ここに来てるのはぼくの居場所がここしかないからなんだ。」


少女は自身の手を少年に差し出す。
戸惑っている少年に少女は言う。

「わたしにも星を見せて。」

少年は驚く。
「そんなの自分で見ればいいじゃないか。ぼくが教えなくたって見上げてみればいいよ。」

少女は言う。
「わたし、目が見えないの。だからわたしには星なんて見えないし、あなたの顔を見えてないんだ。」

少女はこの世で命を与えられたときから目が見えなかった。
彼女の世界は真っ白だった。
少年が知る世界を、彼女は何一つ知らなかった。


少年は彼女の手をとり、ひとつひとつ星を見せた。


「ぼくたちの上には空が広がってるんだ。夜だから真っ暗なんだけど、数え切れないほどの星とまんまるのおつきさまが空に浮かんでる。いくつかの星を繋げると星座になって、今ぼくたちに見えてるのは、______。」


どれくらい話しただろう。
夜風に吹かれながらも少年の頬は淡く、染まっていた。


少女は嬉しそうに言う。
「今日、生まれて初めて星を見れたわ。あなたのおかげね!ほんとうにありがとう。」


少年は照れくさそうに笑う。


「また明日もお話聞かせてくれる?」


「もちろん!また明日もここで会おう。」

次の日の夜も、そのまた次の日の夜も、
少年たちは夜になると丘に集まった。


「今日はわたしに何を見せてくれるの?」


この世界に生きる動物、野原に咲く花々、街の人々…
少年は自身が見てきた世界を、少女に見せた。


「明日もあなたの話、楽しみにしてるね!」


少年は夜が訪れることが楽しみになった。
明日が来ることを待ち遠しく思うようになった。
今日もまた、きみに会えることがしあわせだった。



ある日の夜、少年はいつもの丘の上で少女を待ちながら
夜空に浮かぶ月を見上げた。

ふと、昔おばあちゃんが話してくれた月うさぎを思い出す。


「いつかおまえにも分かる日がくるよ。」
そう言ったおばあちゃんは答えを教えないまま、遠くへ言ってしまった。


「月うさぎ、きみは寂しいかい?」
月は答えない。

「ぼく、やっとわかったんだ。」
「きみは、ぼくを待っててくれたんだね。」

「だからきみは、寂しくなんかなかったんだね。」
少年は呟く。
「あぁ、ぼくは、______。」


「お〜い!」
遠くから声が聞こえる、少女の声。
ぼくのことを待ってくれるきみの声。

少年は微笑み、少女の方へ駆けていく。

太陽に憧れた少年は、
太陽にはなれなかった。


だけど、これっぽっちも寂しくない。


少年は少女の手をとり言った。
「ぼくはきみの月になるよ。」


少女は微笑む。
「今日はどんな世界を見せてくれるの?」




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