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🥎葬送の塁球士

『葬送のフリーレン』

以前、アメトーークの『マンガ大好き芸人Ⅱ』でバカリズムが面白いと紹介してたんでマンガ喫茶で数巻ほど読んだ。最近、マン喫に行ってねーから読んでなかったけど(購読派ではないのでね)

勇者御一行が魔王を倒して王都に凱旋するとこから始まる。その冒険は10年の長きに渡り、勇者達には感慨深いものであったが長命種で1000年以上を生きるエルフのフリレーンにとってはきわめて短い旅である…といった設定。

で、今日の記事は勇者ヒンメル達の10年とフリーレンの10年とでは時間の概念、価値観にギャップがあるということに私の部活指導員の話を被せるといった強引な内容になってます。

以下、私の話に置き換わりますので悪しからず。

今年で51歳を過ぎた小生でありますが同世代の方には共感を得られるのではないかと思われる話…


1年、経つのが速い速い…


実際に歳とると体感する時間の経過は早くなることを『ジャネーの法則』というらしい。

例えば1歳の時に感じた1年を1/1とすると、2歳の時の1年は1/2となり、1歳の時の2倍速く感じるようになるって理屈らしく

分母である年齢が大きくなるごとに、人生のうちにその1年が占めた割合が少なくなり、体感として時間が短くなったように感じるのだとか。記憶のある3歳前後から90歳まで生きたと計算すると20歳くらいが『体感する人生の半分』になるらしいです。

で、私は現在、地元高校の女子ソフトボール部で部活指導員をやってるいるのだが、私は選手の3倍以上、顧問先生の2倍近くの人生を生きている。

つまり、同じ部活動の中にいて私の体感時間は極めて速く、私の1年という時間の概念は選手たちの3倍速である。彼女たちの1年は私の体感では約120日。

次の大会は2ヶ月後と選手が思っていても私の体感時間は2.5週後である。

3年生が引退した4月から1、2年生の新チーム体制になった。指導に手応えを感じないうちに1学期終了。
この間まで熱中症アラートだ何だと言ってたと思ったら11月になっとるやないかい。
光陰矢の如く時が過ぎていく。

指導者修行もこのペースだと先に老いが来てしまう…私は1000年生きれないのだから。

フリーレンは物語の歴史上で最も魔族を葬り去ったことで『葬送のフリーレン』の異名を持つ。

私はあと30年も経てば『葬送』される側だろう💧

ローマは1日にして成らず

成る訳ない、私の1日は短い。

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