なぜ事業理解に対してムキになるのか

ツイッター法務 クセ強スナックでお話させていただきました

2023年3月1日、おもちさんホストで開催されたクセ強スナック(スペース)。テーマは「法務担当者と事業理解」でした。

このスペースでは、「事業理解とは何か」「事業理解のメリット(なぜ必要なのか)」「事業理解のために具体的に何をするのか」「事業理解ができる人とできない人の違いは?」といった話題で、dtk先生とおもちさんと私の3人で楽しくお話をさせていただきました。
なお、お話した内容やこのnoteの記事に書いている内容は、あくまでも「目指すべき山の頂」なのであって、現時点でそこに到達していないこと自体は(その人の年次や立場にもよりますが)それ単体で責められるべきことではありませんし、山の頂にたどり着く方法は人それぞれであるという認識です。というか、もし山の頂への未達が責められるべきことなのであれば、私自身「じゃあお前はどうなんだよ」の一言で致命傷を負います。ですので、スペースを聞かれた方やこの記事をお読みの方は、「あーこれ言ってる本人(※私自身)もできてないということに忸怩たる思いがあるから、こんなに長々と話したり書いたりしてるんだろうなー」と思っていただければ幸いです。

さて。
「事業理解のメリット(なぜ必要なのか)」などについては、dtk先生がまとめて下さった通りだと思います。
事業を理解する、とは - dtk's blog(71B) (hatenablog.com)
dtk先生のまとめと重複したことを語ってもあまり意味がないので、私は、私がなぜ「事業理解・案件理解」にえらいことこだわっているのかについて考えてみました。

その前提として、当社では、法務部の中で課が複数に分かれており、私の課の業務で「案件対応」と言った場合、具体的な業務内容は「契約書審査」「既存ビジネスの特定の事例に関する法律相談」「得意先(販売先)とのトラブル対応」「取引先(仕入先)とのトラブル対応」「消費者対応」「新しい取り組み・ビジネスを検討している際の漠然とした相談(法律相談ですらないことが多い)」「グループ内外の組織再編対応(MA含む)」といった感じになります。その他にも、労務対応や製品回収対応や各種インシデント対応もあります。
これらの業務にあたり、私は課員の皆さんに「案件理解の解像度をとにかく上げてくれ」とお願いしています。案件理解の解像度を上げるための前提条件として、事業理解(組織理解も含む)を徹底して欲しいともお願いしています。

法務の業務においては、法令や社内ルール等を具体の事例に当てはめてどう判断するのかという思考が常に行われるはずですが、適切な判断は、判断する人間の案件理解度(正しいかどうかだけでなく、詳細が見えているかどうかという意味での「解像度の高さ」も重要)にかかっています(私はそう考えています)。この議論が最もフィットするのは、契約書審査や法律相談、トラブル対応・インシデント対応系の業務かなと思います。
新規事業のような形の無いものを模索していく仕事の場合は、理解しておくべき「既存の何か」があるとは限らないかも知れませんが、新規事業と言っても商流は自社の既存のネットワークを使うというようなケースもあるでしょうし、既存の自社の仕組みでボトルネックになりやすい箇所が見えていれば、新規で設計する際にも検討の抜け漏れを防ぐことができるはずです。
また、カーブアウトMAのように今あるものを適切な形で切り離す仕事などでも、具体性に欠けた理解のままではうまくいかない場面は多く、これもまたリアルタイムの事業理解の解像度は高いに越したことはないと思います。そして、どのタイプの案件対応においても、ステークホルダーとの交渉上変な阻害要因を作らないようにするためにどういう当てはめを採用するのがベストであるのかについても考えるのが基本動作かと思いますが、これも「法令やルール」だけでなく「目の前の案件のリアル」が見えないと辛いところがあります。

こういった目線がなく、相談者から与えられた情報の範囲だけでルールの当てはめをして回答をするタイプの人が当社の法務機能の中で高く評価されることは(少なくとも、現在の法務組織の体制下では)ありません。

事業理解・案件理解が重要だと思う理由

各社において法務部の役割定義は違うと思いますので、私の感覚は別の会社・別の組織の法務担当の方とは違っている可能性はありますが、少なくとも当社のビジネスと当社の企業集団構造を前提とした当社の法務部では、事業や案件の解像度高い理解が無いと法務としてのより良い貢献はできません。
当社の法務部の貢献は、「事業理解(組織理解も含む)・案件理解」と「法令・ルール理解」の掛け合わせ(足し算ではなく掛け算)で出て来るものですので、「事業理解(組織理解も含む)・案件理解」の精度や解像度が低いと質の高い法務サポートは提供できません。

私が事業理解・案件理解にここまでムキになるのは何故なのかしらということを考えてみました。おそらく、これまでの20年を超える契約法務・株式法務・機関法務人生の中で経験したあれやこれやによって、私の中に以下のような考え方が植え付けられたからであろうと思います。

  1. 相談者にファクトの確定責任を丸投げしないという意味で、「他人を信用しすぎない」ことも大事だから

    多くの場合、相談者は法規制を理解してはいませんし、依頼者が自発的に出してくれる情報は必要十分であるとも正確であるとも限りません。必要十分な質と量の、正確な情報を引き出すには、ヒアリングする側が一定の知識を持っている必要があります。
    少し前にツイッターで「ChatGPTの挙動って、法務に相談しに来る人の情報の出し方と似てないか?」という主旨のつぶやきを投稿したのですが、法務に相談しに来る人たち(メールがぶん投げられてくる場合はそのメール)から得られる情報には、正しい情報もあれば誤った情報もあり、また、彼ら自身何を伝えればいいのかが分からない状態であるため、ある程度の正解の見通しを持ってヒアリングをして情報を引き出したり、提供された情報の正しさを検証・確定しないことには、相談者からの提供情報は信用できる情報源とはなりません。
    それは別に憎むべき事象なわけではなく、分からないから相談が発生している以上、相談者に完璧な情報出しを期待する方が期待しすぎなのだと思いますし、同じ会社で働くもの同士、ファクト確定を相談者側に丸投げするのも何か不親切というか無責任だなと思う次第です(一方で、契約書の話になると一文字も読まずに法務に投げて来るという逆方向の丸投げはよく生じるわけで、法務担当としては「私もファクト確定をあなたに丸投げしないから、あなたも”法”とか”契約”という文字が入ったら全てを法務に丸投げするのはやめてね」とお伝えしていきたいところです)。

    また、相談者が求めるゴールまで伴走する過程では、他の管理系の部門(例えば財務・税務部門や特許部門等)にも意見照会をする必要がある場合もあります。この場合、法務は相談者とともに照会する側に回るわけですが、この時にも照会先である他の管理系部門に対して十分に正確で解像度の高い情報をインプットしない限り、正しい答えは出て来ません。
    本当は、その意見照会についてはもともとの相談者自身で頑張って欲しいところですが、法務からも口添えサポートをして状況を整理する方が話が早いケースもあります。
    そのような活動の際には、その照会先の部門の切り口を理解したうえでサポートに回らないとあまり意味がなく、これができるためには照会先部門の守備範囲の事項についても一定の土地勘を持っている必要があります。
    例えば財務・税務部門との話し合いでは、自社グループにおける移転価格ポリシーとそれに基づくグループ内商流の設計はどうなっているのかといった点が共通理解として法務側にも無いと、事業設計のサポートとして十分には機能できません。当社では。

    相談者とのコミュニケーションにも他の管理系部門とのコミュニケーションにも共通している要素として、「ヒアリングは、聞く側に一定の理解が無いと突っ込んだ質問自ができない」という点は繰り返し強調したいポイントです。
    自分の中にベースが無いと、質問しなければならないポイントに気づけないですし、コミュニケーションの相手方の嘘や間違いや勘違いを見抜けず、結果として精度や解像度が上がっていきません。

    また、「よくわからないジャンルの話の場合、一から絨毯爆撃的にあらゆることを聞き出す必要がある」わけですが、この「よくわからないジャンル対応」が毎回だと非常に手間がかかるので、自社のことのみならず社会常識的なレベルのことは知っておかないと自分が辛いし、相談者の時間を奪うことにもなるよね、ということだと思います。

  2. 法務は依頼部門・相談部門の代理人ではないので、依頼部門・相談部門の部分最適に巻き込まれないようにすべきであるから

    法務は、特定の部門や事業所の利益を実現するための代理人として設置されているわけではなく、会社全体の利益拡大に貢献するために存在しています。
    従って、特定の部門や事業所に対し、全体最適の目線を持つためには、会社全体の状況を理解している必要があります。

    時々いるのです。自分の部門・事業所を担当としてカバーしている法務の人間を自分の部門・事業所の代理人のように使おうとする相談者が……。
    この「法務の各担当者を自分の部門や事業所の代理人のように使う」ケースは、法務の担当者側も「自分って信頼されてるぅ!」という満足感や承認欲求の充足感につながりやすいからか、法務担当者側もそちらの方向にマインドが向いてしまうことがあり、法務対応のサイロ化が生じる原因になる場合があります。

    こういった事象を避けるために、全社の目線でどういう経営計画が策定・実行されているのか、どういう方針が決定されたのかなどを理解しておいた上で、相談者に対してその相談者が持ち掛けてきた内容がこれらの全社の計画や方針と合っているのか、合っていないなら「合わせなくて良い」という決定はデュープロセスを経て行われているのかなどを、「相談者を信じ過ぎずに自分なりの目星をつけながら」確認することが必要となることがあります。

  3. 不正や不適切事象がどこで発生しやすいかの予測をつけられるようにしておくべきであるから

    これは、法律相談を受ける際や、法務教育を企画する際に必要な目線かなと思います。どの法令違反が生じやすいのか、どのビジネス領域で生じやすいのかを理解するためには、自社のビジネスの内容、構造、業界の状況、当社の従業員の特性などなど知っておくべきことは多いと思います。

    特に、法律相談を受ける際には、相談者が気づいていない懸念ポイントに気づくのは法務担当者の重要な役割であり、そこが見つけられないようであれば相談してもらう意味がありません。
    資料や会話に出て来る情報だけでなく、そこに記載・表現されていない情報があるのではないかという点を指摘するだけであれば、ヒアリングチェックシート等のツールでカバーできると思うのですが、その結果引き出した情報の正誤や精度を相談者と一緒に確認・確定していくためには、聞き取る側にも一定の知識が必要になると思います。

事業理解(組織理解を含む)とは何か

さんざん精度が解像度がと繰り返していますが、私が「事業理解(組織理解を含む)」と言う場合にはどんな内容をイメージしているのかという点も、もしかしたら業種や会社規模などが異なる皆さんとは全くイメージが違うかも知れません。
私が想定している「事業理解(組織理解を含む)」のイメージをシェアすると、以下のような内容となります。
なお、長期・中期・年次の経営計画や経営方針、自社のビジネスの関連法令や関連規制の内容が分かっているということが大前提です。

  1. 自社の組織と経営状況の理解
    ① 当社単体の組織構造、機関設計、意思決定構造、各部門の役割責任
    ② 当社を含む企業集団全体の組織構造やビジネス構造を理解している?
    ② 当社内規の存在および内容を把握している?
    ③ 社内の不文律の存在および内容を把握・理解しようとしている?
    ④ 当社単体および企業集団全体の経営状況は把握している?

  2. 製品やサービスそのものの内容
    ① 当社のブランドや商品がどんなものかはわかるよね…?FMCGとかアパレルとかに近い身近なモノなので、把握はし易いはずだと思うんだ…。
    ② 当社のマーケティング計画は把握している?
    ③ 当社のOwned MediaやSNSは全て把握している?

  3. ビジネスモデルや消費者接点(販売チャネル)の状況
    ① 当社商品の商流構造は理解している?
    ② 当社商品の物流構造(モノの流れ、カネの流れ、情報流)は理解してる?
    ③ 当社商品の取扱いチャネルは理解している?
    ④ そのうち、特に当社がトラブルに巻き込まれやすい場・市場のことは理解しいる?(C2C、海外の通販プラットフォーム、越境ECなど)

  4. 製品やサービスの市場や競合の状況、業界独特のしがらみなど
    さすがに事例を記載すると所属企業の特定性が高くなりすぎるので割愛いたしますが、どの業界にも独特のしがらみや過去の経緯というものはあるかと思います。そこを無視してド正論だけで契約交渉をしてもあまりうまくいきませんし、この独特のしがらみの部分に、違法リスクが見え隠れするというようなこともあります。

  5. 製品やサービスのライフサイクル
    ① 当社のルーチンの商品開発・ローンチスケジュールは理解してる?
    ② その中で、商標調査や意匠調査が入るのは発売のどれぐらい前か理解してる?
    ③ 研究開発でどんな研究を取り扱っているか見えてる?
    ④ 工場はどういう動きをしているのか理解している?せめて、どこの工場でどの商品を作ってるかはわかる?
    ⑤ 営業担当などの営業部門の各スタッフがどういう役割を果たしているか理解している??
    ⑤ 最後、自社商品が償却扱いとなって焼却されるところまで流れが説明できる?
    ⑥ これらのサイクルの中で出て来るプレイヤー(主なサプライヤーやサービスベンダー)について把握してる?

  6. 本業から少し離れたところで自社が何をやっているのか
    これも事例を挙げると特定性が高すぎるので詳しくは割愛いたしますが、サステナビリティ、ESG、SDGs、古くはCSR、もっと古くは社会貢献活動、もっと身近なところでは近隣コミュニティとの関係性の上に絶妙なバランスで成り立っている地域貢献活動などについて、どのような方針であるのか、具体的な活動は何をしているのかなどを把握しておく必要があります。

スペースでお話した内容の半分にもとどきませんでした……

ここまで長々と書き連ねておきながら、何とスペースのテーマであった「事業理解とは何か」「事業理解のメリット(なぜ必要なのか)」「事業理解のために具体的に何をするのか」「事業理解ができる人とできない人の違いは?」という要素のうち、「事業理解とは何か」と「事業理解のメリット(なぜ必要なのか)」についてしかカバーできていないということに愕然としております。
自分自身の「簡潔にまとめる力」の無さを反省しつつ、「事業理解のために具体的に何をするのか」と「事業理解ができる人とできない人の違いは?」については、またの機会に記事にできたらいいなと思っております。


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