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そうだ!ミスター・サンタクロースに予約いれなくっちゃ

Christmas Story Day 3

去年、サンタクロースと遭遇したカフェにやってきた。店内はソーシャルディスタントのため減席しているので、外のテラス席に座った。2020年の12月。地方都市でもコロナの影響で、街中はどことなく活気がない。


少し雪が散らつく中、エキストラホットのクリスマスブレンドが熱く体に染み渡る。隣のテラス席に幼い兄弟を連れた母親が座った。5歳と6歳くらいの年子の男の子たち。温かいスチームミルクを飲みながら、騒々しくサンタクロースに何をお願いするか言い合っている。

ダメ、お兄ちゃんは。
それはぼくがサンタさんに頼むやつ。
うるせ!おれのはおまえにはゼッテーに貸さないぞ!

2人はまだ貰ってもいない玩具について言い争っている。

「ごめんなさい、うるさくって」
母親が申し訳なさそうに、わたしに謝ってきた。
「大丈夫ですよ、お気になさらずに」

かつてわたしも5歳の男の子のママだったから。
6歳の男の子のママでもあったから。

あの頃の息子は、仮面ライダーのベルトをお願いしたっけ。サンタさんはベルトだけ届けてくれたけど、付属品のメダルを忘れて、そのベルトでは遊べなかった。翌年、息子は懲りずに代替わりした仮面ライダーのベルトを頼んだしメダルも頼んだけど、今度は専用のホルダーがなければメダルを合体させることができず、結局はまた遊べなかった。

それで息子は幼いながらに学習した。
仮面ライダーのベルトは無意味だと。
もっと、本当に強くなれる本物の何かを頼もうと。

そうだ、今年がもしかして息子がサンタクロースからプレゼントをもらえる最後の年かもしれないから、丸徳百貨店に電話しなければ。わたしはiPhone をバッグから取りだした。サンタクロースとの撮影予約を取るために。

でも……
と、わたしの指がタッチパネルの上で迷っている。
当の息子が嫌がるかな? もう14歳なんだし、子供じゃないんだしと。もっと小さいうちに予約を取ってあげれば良かったかな。ちょっびり苦い後悔がコーヒーの苦味に重なった。

今さらだけど、今年で最後だし、それにわたしは去年サンタクロースと逢ったから、そもそもわたし自身がサンタクロースにまたきちんと会いたいから。

うん、迷ってもしようがない。
思い切って丸徳百貨店の電話番号にタッチした。

交差点のすぐ向こう、煌びやかなイルミネーションがまたたく百貨店のコールセンターに繋がった。クリスマスセール中で電話が混み合っていて、やっと繋がった。
「あいにく今年はサンタクロースとの撮影会は中止となりまして……」
美声のオペレーターが申し訳なさそうに告げてきた。
「コロナのせいでしょうか?」
「詳しいことは分かりませんが……ミスター・サンタクロースは各国で入場制限されているとのことです」
上品ながらも茶目っ気を込めたオペレーターの声から分かってしまった。彼女もきっと誰かの母親だと。


と、その時、隣の席にいた幼い兄弟が〈赤鼻のトナカイ〉を歌いだした。
ごめんなさい、お電話中に邪魔しちゃダメよと、母親が申し訳なさそうに子供たちをたしなめたけど、かえって声高々に歌い続ける。

ふたりの男の子は、お揃いのスチームミルクのおヒゲを付けて、まるで幼いサンタさんのように見えたから、わたしは思わずくすりと笑いをこぼしてしまった。

それでオペレーターは勘違いしたのかもしれない。わたしがサンタクロースを待ちわびる幼い兄弟の母親だと。ちょっとだけ声のトーンを上げて、iPhoneの受話部からあえて聞こえるような声で言ってきた。

「お坊ちゃま方がとってもお楽しみにしているのに、大変申し訳ございません。よろしかったらお客さまのお電話番号をお知らせください。もし、もしも、ミスター・サンタクロースが来られるような場合はご連絡差し上げますから」

わたしは歌い続ける幼い男の子たちの、罪のないおヒゲに笑いながら、ごく軽い感じでオペレーターに電話番号を告げた。おそらく何か別の振り替えイベントの案内でも来るのだろうと。

私は席を立ってマグカップを戻した。男の子たちはまだ楽しそうにはしゃいでいる。

メリークリスマス。
きみたちにはきっとサンタさんはやってくるね。
大丈夫、入国制限なんて関係ないのだから

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