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もしもし? 北極からですか?

Christmas Story Day4

カフェを出て石畳の遊歩道を歩いているとiPhone がポケットの中で震えだした。

同時に聴き覚えのない、華やかなベルの着信音も鳴り渡る。ヨーロッパ中の教会が一斉にベルを鳴らしたらこれほど響くのかも知れないと言った勢いで、iPhone がポケットの中で鳴り響いている。

あまりの大音量に道往く人がこちらを振り返るから、わたしは慌てて遊歩道を小走りに、横断歩道を渡りきり、近くの石垣公園に走り込んだ。

いったい誰からだろうと、ヨーロッパ中の教会のベルを鳴らし続けるiPhone を取り出してみると……

Oh my god!
うわっ、マジ?
まじまじまじの、ミスター・サンタクロースじゃない!

うわっ、うわっ、どうしようと思いつつ、着信許可のボタンをタッチした。

HO HO HO!
雑音混じりでサンタクロースの声が聞こえてくる。

“Hi, This is Nick from North Pole”

え?
想像していたサンタクロースの声よりもずっと甲高く聞こえるのは、電波状況のせい?

Nick? ええっとSt.Nick とか言うのが、サンタの正式名だったっけ?

突然のサンタと、突然の英語に、わたしは言葉を失った。何て応えればいい?

“Hello, Uh……You’re Nick? I’m uh……?”

「おい、忘れたのかよ、オレだよオレ」

不意にサンタの声が甲高いまま日本語に切り替わり、わたしはますます混乱する。
え? サンタって他言語喋れるんだった?
日本語も話せたの?まるで日本人みたい!

「こ、こんにちは。サンタさん、日本語お上手なもので、驚いちゃいました……」

「驚くも何もGoogle 翻訳機の音声版だぜ。最新バージョンはネイティブジャパニーズ並の性能だからな。オレはまだ北極を出たばかり」

「え? もしもし、北極からですか?」

「あったりまえじゃん、オレんちがどこにあるか忘れちまったか? 24日には間に合うように向かってるからな。ツリーの下にクッキー忘れんなよ! あ、できればチョコチップの入ってるやつにしてくれな。あばよ!」

電話は一方的に切れてしまった。

あばよ?
Google 翻訳機は See you をそう訳すんだ……。

ホントにホントにマジもんのサンタクロースからの電話だった。心臓が高鳴っている。丸徳百貨店のオペレーターが、本当にサンタクロースにわたしの電話番号を教えてあげたのだ。

すごい!
サンタクロースと話してしまった!
息子に教えなくっちゃ!

……と、待てよ、と冷静に心臓の早鐘を落ち着かせる。これって、子供騙しだよね。よっく考えてみて。ほら、2016年に流行った〈青鬼さんから電話アプリ〉
聞き分けのない子供に、親が、ほら、青鬼さんから電話がかかってきて、今からおまえの家に行くぞ!という、あれ。

泣きながら青鬼さんとスマホで電話する幼な子たちの動画がSNSでシェアされまくっていた。息子がその動画を見て、大笑いしていたっけ。青鬼なんているはずないじゃん。

その通り。
青鬼なんていないのだから、サンタクロースだっているはずないじゃん。これは新しいサンタクロースのイベントなのだ。しかもリモートで。

ノイズ混じりの甲高い声。大柄なお腹に響く声ではない。サンタって、実際はそんなに太ってないのかも知れない。それにしてもGoogle 翻訳機ってすごい。日本人みたいにベラベラな日本語だった。

ベラベラな日本語を喋る、痩せた外国人男性。
……とたんに、ドンピシャな顔が浮かんで、わたしは全てが腑に落ちた。

リックだ!
そう、そうに違いない。
あの悪ふざけっぷり。一見、外国人に見えるハーフで、その実、日本語はベラベラ。

コロナ禍で結婚式の神父のアルバイトもキャンセル続きだからって、声だけなら太ったお腹もいらないからって、今度はこんなアルバイトを始めたのね……。
なるほど、リックらしい。

以前はその悪ふざけに何度も騙されたものだ。
それに惚れて、それで別れたのだ。
もう2度と騙されないから。

サンタクロースもこの世に存在しないのだから。

(続く)

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Hello, Are you call from North Pole?

©︎Text by Sayuri Harada 2020

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