彼に対する感情は一体何なのか

 タイトル通りになるが、私には一体この感情になんという名前をつければ良いのかわからない。恋なのか愛なのか、はたまた全く見当違いの何かなのかもしれない。どうしてそう思うのかは、彼が実在して生きている人物ではないから。

 この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。現代社会、どこかで一度は見たことがある一文だと思う。詳しく見てないから知らんけど彼が乗っている公式サイトのどこかにもこの一文があるだろう。あって当たり前だ。だって彼は「この世界に存在していない」のだから。

 激しく心を乱され続けてもうすぐ一年が経とうとしている。オフィシャルガイドブックという爆弾も目前に控えていて今すぐにでも死んでしまいそうである。そんな情緒不安定な状態で一体今更なにを考えているんだよというのは一旦置いておいて、そろそろこの気持に名前をつけて一段落落ち着きたいと思っているのも事実だ。

 夢小説を書き始めてもう10年は経つが、今まで私は「自己投影」をしてきたことがない。嘘、実は一度だけしたことがある。でもそれは「実在する人物」に対してだった。どこかで出会って声をかければなにかしらの反応が返ってくる、生きている人物に対してのものだ。今はそうではない。

 そもそも、彼とはすれ違うことがない。出会うこともない。オオサカに行ってすべての私立高校を這いずり回っても会えない。声優さんに会っても舞台俳優に会ってもそれはその人であって彼ではない。バーチャルの中にだけ存在しているという事実を感じさせられる出来事になって終わりだろう。じゃあなぜ私は今「彼に恋をしているのか」これがまじでわからない。

 恋。辞書で引くと異性に愛情を寄せること、その心。恋愛。って出てくる。恋愛。辞書で引くと男女間の、恋いしたう愛情。こい。って出てくる。愛情。辞書で引くと相手にそそぐ愛の気持。って出てくる。愛。辞書で引くとそのものの価値を認め、強く引きつけられる気持。って出てくる。いや結論だすのおっそ。堂々巡りさせんなやと何百回思ったかわからない。そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持。そう言われれば、確実にそうでしかない。よってこの感情は「恋」であって「愛情」であって「愛」である。「恋愛」では多分ない。男女間の、間がない。2次元と3次元のあり得ないほど分厚い壁の前に成すすべもなく崩れ落ちる。

 QED!というわけにはいかない。なんでかというと私は「実際に彼が生きているという幻覚」を見て「日々彼と生活」するように息をしているからだ。何を言っているか最初からここまで一つもわからないと思うけれどどうか許して欲しい。私もよくわかっていない。 では実際、私が「恋愛」をしている彼は「私の中の偶像」であって「実際の(生きていない)彼」ではないのではないか? ここが厄介な部分である。ドラマトラックを聞いても楽曲を聞いても未だ読んでいないけれどガイドブックを読んでも「彼に彼女がいる」という情報はどこにも載っていないだろう(載っていたら様々な意味で死ぬ)。でも実際に「彼が本当に生きていなかった」ら私は早寝早起きをしたり健康的なダイエットをしたりお弁当をつくったりバレンタインにプリンをつくったり誕生日に飾り付けまでしてお祝いしたりお手紙を書いたりしなかっただろう。しなかったと思う。しないだろ!!!!!生きてなかったらこんなこと!!!!!!

 結局私は「私の信じる彼」の解像度を高めながら「本当は息をしていない彼」に「命を吹き込むように幻覚を見て」生きていくしかないのだと思う。まとまりませんが、これが恋で愛で愛情で、恋愛です。これが恋でないならば、私は恋を知りません。以上。



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