ひとつの応答として

この数年、ある種の正義を掲げる組織やシステムが、セクハラや性暴力の告発によって崩れ落ちるさまを見てきた。外部から閉ざされた「よきもの」とされた集団の中では、時としてさまざまな暴力が発生しがちであること、それは暴力とされず「被害」を訴える側に問題があるとされがちであることを改めて多くのひとに示すことになった。
長年アディクション臨床を通じて家族の暴力にかかわってきた私からすれば、それは遅きに失すると感じるほどに当たり前のことだった。なぜなら、よきものとされる代表は家族であり、80年代から多くの子どもや女性が同じような経験をされていたからだ。
このひとたちが、自らの経験を「被害」と定義するのにどれほど大変だったか。夫や親の行為に対して異議申し立てすれば、抗弁となり、反抗的で我が強い、親のせいにするとして逆に責められることになった。それがもっとも顕著に表れるのが、近親者による性虐待である。50年を経てやっと父による性虐待が裁判にかけられ有罪となり、明治のままの性犯罪に関する法律が見直されるようになった。それが世界的に見てどれほど遅れているかは言うまでもない。
自らの経験を表す「言葉」もなく、被害と名づけることもできないまま、こころを病み精神科の病院で生涯を送るようになった女性の数はどれほどだったろう。やっとあの戦争(第二次世界大戦)が多くの兵士の精神を崩壊させたことが明るみに出たばかりである(中村江里著「戦争とトラウマ」、吉川弘文館、2017)
長々と書いてきたのは、国家の暴力とその対極にある私的な暴力(DV・性虐待)および性暴力に関しては、それが「被害」として自覚され、被害者という当事者性を獲得され語られるには、想像以上に時間がかかるということを伝えるためである。

私の立ち位置
本稿は「べてぶくろ」をめぐる一連のnoteにおける文章に対する私なりの応答である。こう書くとまるで私が告発された対象のように思われるかもしれないが、そう感じる部分も多いのは事実だ。半年近くそれに関して何も発言しなかったことに対して、沈黙を守っているのは容認ではないかとSNSで批判されていることも知っていた。やっとの思いで本稿を書くことにしたのは、当事者から直接メールで依頼されたこと、その際、他にも何人かに執筆依頼したけれど多くは断られたり応答されなかったのだということを知ったからである。

私の立ち位置をどこに置くか、それが最も大きかった。当事者研究をやっているべてぶくろでこんなことがあったんですか、ひどいですね、とそれを「善悪」「正邪」で単純に断罪することは私にはできなかった。もちろんカウンセラーとして、これまで善悪でものごとを判断したことはない。あくまで誰の立場かという立場性を明確に発言してきただけである。
またカウンセラーである私には、公認心理師・臨床心理士としての職業倫理の問題もある、また守秘義務の観点からどうしても書けないこともある。そのような立場からも発言は非常に慎重にならざるを得なかった。またこれまでも浦河のべてるには何度も行っており、個人的には向谷地さんとはご家族も含めて20年近いおつきあいがある。また、壮絶な虐待を受けてきたひとたちとカウンセリングでお会いしてきたが、その人たちの一つの受け皿として浦河のべてるの家の存在が力になってきたことも事実だ。べてぶくろ誕生以前からのこのような近しい関係だったことが、距離を置くことを困難にした。それらがべてぶくろを厳しく告発するというわかりやすくて白黒的な発言への抵抗を生んだことも事実だ。しかし、上記の二つのできごとによって、私なりの応答をしなければと考えたのである。

被害があって加害が立ち上がる
おそらく暴力や加害は、被害者からの告発によって初めて明らかになる。専門外なのでよくわからないがおそらく暴力という言葉が登場したのは、近代以降の個人の権利が尊重されるようになってからだろう。部下や女(おんな)子どもを牛馬と同じ扱いをしてもかまわないという考えが社会全体の合意であれば、暴力という言葉は登場する必要はない。暴力という言葉自体が近代的価値を内包したイデオロギッシュなものなのである。
マイノリティ、弱者、被差別者、被害者と自己定義した人からの告発によって、初めてマジョリティ、強者、差別者、加害者は立ち現れる。夏目漱石が杖で激しくわが子を打擲したという逸話が残っているが(孫である夏目房之介が書いている)、当時それが虐待と言われることはなく、漱石自身も虐待加害者と言う自覚などなかっただろう。孫は父から、祖父の行為を聞かされていたということになる。受ける側はずっと忘れられなかったことがよくわかる。
このように、被害を受けた側からの告発・証言から加害者性、加害行為が立ち現れるのであり、その逆ではない。行為の順序としては能動(加害)から受動(被害)であるが、現実にはその逆なのであり、告発・証言がなければ加害は存在しないことになるのだ。

告発するという行為そのものがどれほどの勇気を要するかは言うまでもない。その時点に至るまでの長い不調や違和感、恐怖、逡巡(これを何と呼べばいいのか、自分に落ち度があったのではないかなど)を考えると、思いつきで告発するのではないか、何を大げさに言っているのか、相手をおとしいれるためではないかという反応は、全くの誤解であり、そのようなまなざしそのものが告発したひと(被害者として自己定義した)をさらに傷つけることになる。今回のべてぶくろの場合も、おそらくそのような二次加害的な対応によって問題が深刻化したのだろう。本稿では被害者に対する支援やケアについて述べる余裕がなかったことはお断りしておく。

責任をとるということ(応答すること)
性暴力・セクハラの加害者へのアプローチは加害者臨床と呼ばれるものであり、同業者で取り組んでいる人は少ないが、私の職場では重要な柱となっている。オンラインで「加害者臨床について」というタイトルで専門家向けの研修も実施しているhttps://harajukucc.peatix.com/。
DVと性暴力は重なる部分が多く、双方の加害者へのアプローチは重なっている。DV加害者プログラムをは「被害者支援の一環として」を柱としており、被害者に対して責任をとることを大きな目的としている。
一般の心理臨床では用いられない言葉だが、「責任」をとるとはどのようなことか。大きく分けて3つの柱から成る。
① 謝罪・賠償責任、
② 説明責任、
③ 再発防止責任、
あやまること①が何より大きいことは言うまでもない。いまやセレモニーと化した謝罪会見では数秒間頭を下げて「申し訳ございませんでした」と語る。そして③の再発防止は次なる被害を防止するためには必須である。性犯罪者処遇プログラムのほとんどが③に終始することは言うまでもない。
ではべてぶくろの場合はどうだろう。短い謝罪文は表明されたが、どのようにそれを受け止め、どのようにして③の再発防止のために取り組もうとするのかは明らかになっていない。私が知らないだけなのかもしれないが、実際にそのような動きがあることを期待したい。いまやキャンパスにけるセクハラ加害者である大学教員なども、何がセクハラかを学習し再発防止のためにプログラム受講することが義務づけられるようになっている。②の説明責任とは、自分の行為が被害者を傷つけたことを直接被害者に対して認めることを表している。アカウンタビリティと呼ばれるものだが、これが最も重要であることは言うまでもない。①②③に取り組むことは企業をはじめとする多くの組織で義務化されるようになっているが、冒頭で述べた「よきことをなす」集団や組織ではそれが立ち遅れている。

コミュニティを基盤とすること
そこにおいては、活動全体が目的の正しさによって免責されがちであり、ときにはすべてが隠蔽され外部の目が届かなくなる危険性がある。相模原障害者殺害事件もその一例だろうが、福祉や医療、社会運動、そして家族も、その正しさ・よきことをなすという目的において、加害・被害など生じないことにされがちだ。おそらくべてぶくろにおいても同じことが起きていたのだろう。困りごとがあれば当事者研究によって苦労を共有することは「よきこと」なのだから。
ここからはあくまで私の想像であるが、べてるの家が誕生してから現在まで、ジェンダー、権力、責任といった言説は入り込む余地がなかったのではないか。そこには宗教も深く関連しているはずだ。その点に関するいくつかの考察(https://note.com/sagtmod/n/n84edbd52d208)も著されており、向谷地さん自身も自らの信仰をオープンにしているが、べてるの活動にはある種の宗教的コミュニティという側面もある。バチカンも言及した神父の性虐待問題を例にとるのは極端だろうが、今回のできごとの背景としてそれを挙げることもできよう。グループホームのように生活をともにする活動を基盤としていれば、セクシュアルな問題は必ず生じるだろう。

新しく切り結ぶことから生まれるもの
たぶん、べてる・べてぶくろおよび向谷地さんが想像する以上に、べてるに対する理想化や神格化は大きかった。現在の精神科医療に対する根深い失望や批判が、新たな突破口であるかのようにオープンダイアローグや当事者研究への期待につながっていることは間違いないだろう。そんな中で起きた今回の告発は、べてるへの期待や心酔が大きかったぶんだけ、反作用としての失望や批判につながったのではないかと思う。
当事者研究については、コミュニティを基盤とした向谷地さんたちによる実践と、熊谷晋一郎さんたちの実践・研究とは少し異なる側面もあると思う。私自身がアディクション臨床経験を基盤としているため、熊谷さんたち(ダルク女性ハウスの上岡陽江さんなど)のアディクションの自助グループから学ぶ姿勢には共感を抱いている。もちろん当事者研究という広い意味での協働を否定するものではないが、6月10日の当事者研究ネットワークによる「応援体制づくり」https://toukennet.jp/?page_id=14011の文章とその翌日の向谷地さんの「当事者研究の理念と構成」https://toukennet.jp/?p=14028を読んでも、前者の思いの届かなさを感じてしまうのは私だけだろうか。
しかし、だからといって「当事者研究」がすべて問題だと結論付けてしまうことは早急ではないか。今回熊谷さんが応答しようとする姿勢を示されたことは評価したいし、そのぶんだけ向谷地さんの応答が明確になされないことを残念に思う。

べてる・べてぶくろの活動が社会的に注目を集め、当事者研究が一部の精神障碍をもつひとたち及びその家族から希望の存在となっていることが、今回の告発によって逆照射されたのではないか。とするならば、初めて突きつけられたジェンダーという視点をどのように受け止めるのかが問われているとも言えよう。ひとしく病めるひとたち、同じ病気の苦労を抱える人たちとともにという世界観と、女性というセクシュアリティゆえに味わうことになる経験・被害体験を取り上げることは、パラダイム的に、座標軸的にすれ違ってしまうのかもしれない。しかしこの異交通・立体交差的な交わらなさをそのままにしておいていいものだろうか。
近代の価値や医療モデルから成るパラダイムをやすやすと超えてみせるからこそ、あのべてる的世界は価値観逆転的快感や開放感を与えてくれた。それゆえてひとりの勇気ある告発に対して応答する姿勢を見せてほしいという期待が高まったはずだ。
それは、今の日本でも起きている第四波フェミニズムのムーブメントやジェンダー的視点と正面から切り結ぶ姿勢を示すことを意味するはずだった。べてる・べてぶくろがおそらく初めて「責任」に直面することになったとすれば、誠実に応答することで生まれる新しいべてるの当事者研究があるのではないだろうか。そのような期待を捨てないでいたいと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?