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NYでサバイヴしていた話

1年半NYで暮らしたわけですが、ただでさえ物価の高い場所+ちょうど為替のタイミングもどんどん悪くなっていく。という感じで、30代にして人生で初めての「貧乏学生」を味わった。

都内育ち、一人っ子、超裕福なわけではないけど、そこそこな家庭で生まれ育ち、生活のためというよりCDを買うためにアルバイトをしてた学生時代で正直そんなにお金がないという事を感じたことはなかったのだけど、

NYでは、
まじで、
貧乏生活だった!!!

あ~もっとお金があったら○○なのに…が日常で、今月やばいなという時「ギリギリでいつも生きていたから~」のKAT-TUNのデビュー曲が脳内で流れ出して、「ギリギリでいつも生きていたくないわい」と思っていたのでした。

韓国のお惣菜は安いお店があって重宝した(ヤンニョムチキン)

貧乏節約生活は自活スキルが爆上がりする

遊びたいというよりも(勿論遊べたら最高)、とにかく学費が高いし、より良い学習を受けようと思うとやっぱりお金がかかるので、色々あきらめたことも多い。学校とかも私立の凄いところだとめっちゃ高かった。

具体的にやっていた小さな節約術だと、
ジップロックを何回も洗って使いまわす。
基本的に自炊なので、自炊スキルがめちゃくちゃ上がった。
ランチ代節約のため、日曜に大量におにぎりを作り置きして冷凍させて持っていく。
空腹になったらプロテイン飲む(プロテイン安い)
安い牛乳とか野菜を探し求めてスーパーをはしごする。
移動費節約のためにとにかく歩く。1マイルは余裕。
お金がないけど遊びたい時は公園に行ってドッグラン観てた(無料なので)
夏になるとフリーのヨガやピラティスクラスが沢山あるので、そこで運動不足を解消!

あと、サイズが合わない服はぜんぶ自分で丈詰めとかしてた。お直し屋さんが高いのと、お直し出しても出来が微妙らしいという話を聞き、元々お裁縫得意なので丈詰めからウエスト詰めるのとか、ルームメイトの破れた服とかも修復。
NYで身についたもの、料理、修繕スキル。昭和的花嫁修業。

お気に入りだったキッチン

お金に関しては、日本で貯金をしていた分+不足した学費分は親から借りる(現在返済中)
に加えて、本当はダメだけど小銭を稼いでいた。

学生ビザの身だったから、正直大っぴらには言えないけど、バイトをしないと生きていけなかった。

平日は週5で朝の9時から15時まで学校があって、そのあと夜までバイトという生活を送っていて、それでも学校を休んだのはコロナになった3日間だけだったから本当自分で自分を誉めてあげたいです!!

太ると言われるアメリカ留学、多忙すぎて痩せた

30代での肉体労働は、10代20代の学生時代と全然違くて体力面がしんどかった。仕事に対する責任の重さは会社員より少ないけど、精神面の負担がすごくて、ストレスと多忙すぎて一時期39キロまで落ちる。

忙しくても何となく絶対に好きな洋服を着るようにしていた


最初の頃は、やったー!痩せたー!と思ったけど、さすがにカリカリというか貧相すぎて(特に胸が最初に落ちる)女性らしさの重要さを実感。

COVIDの予防接種受けに行ったら看護師に「オーマイガー!!!ちょっとアンタ腕細すぎてどこに注射打っていいかわからないわよ!注射の前に飯食え!」と言われる。

「太らないようにね」と親に言われてアメリカ来たけど、逆に人生で一番痩せてた。BMI値17。
チャン・ウォニョンとかNew Jeansとかもきっとそれくらいな気がするけど、彼女たちも鬼忙しいから、食べても太れないんだと思う。まじそんな感じだった。

カリフォルニアの空とオオタニサン

失恋+生活の不安ストレス+将来の不安ストレス+バイトの負担でさすがにヤバいなと思い、春休みだったのでとりあえず10歳からの親友が住んでいるLAへ行ったらなんとなく元気になった。

パームツリーは見ているだけで元気になる
LA名物のブーゲンビリア。この花を見るとLAに来た感がする。

ちなみにLAで大谷サンの試合を観た。
大谷サンはめちゃくちゃ輝いててキラキラしていてなんとなく頑張る気になった。
野球のルールはまだ半分くらいしかわからないので来シーズンで攻略したいです。

頑張ってる日本人観るとなんとなく頑張る気になってくる(単純)
エンジェルススタジアムは空がパカーンて広くて気持ちよかった。
ドジャース行っても頑張ってね、わたしより。

LAから帰ってきてバイトを変える。そのバイト先の日本人の女の人がとても良い人で素敵だった。ダンサーで、私が大好きなBo Parkさんと同じダンスカンパニーにいたりして話が合って居心地が良かった。

普段人に相談したりしないタイプなので、悩んでいることとか迷っていることを、人生の先輩や人に話すことの重要さとありがたみを知る。

バイトしながら課題やってた。
オーナーのアメリカ人は仕事してるのかと思いきやインターネットで大麻買ってた。


マイインターン

私は常に何かを頑張っていないと不安に駆られてしまう人間で、生活のためにするバイト以外にも、NYでキャリアに繋がる何かやらなければと思い、学校とバイトとビジネススクール行ってるのに無給インターンを探すというストイックな試みをする。

見つけたのがアートギャラリーのデジタルマーケティングインターン。マンハッタンのFlat ironにあるアートギャラリー兼日本食レストランだったんだけどそのチームも本当にみんな最高だったし、ボスが『プラダを着た悪魔』のミランダみたいな方(女性)で、厳しかったけど、
「Hi! 私はアン・ハサウェイ♪NYのアートギャラリーでアシスタントをやってる3●歳♪(日本語吹き替え風)」と言い聞かせながら日々雑用をこなしていたのでした。

エキシビジョンの準備とか楽しかった
陶芸家、桑田拓郎さんの作品

レストランも兼ねていたのでキッチンにいたメキシコ人のおじさんが、私がいつも学校終わってインターン先に来るせいで賄いの時間に間に合わない事に気付いてから、私の分の賄いを取っておいてくれるようになった。

おじさん全然英語喋れなかったけど、おかげでスペイン語ちょっとわかるようになったよ。ありがとう。
異国で働く移民同士の優しさに嬉しくて泣いた。


2022年下半期はなんだかずっと走ってた気がする。

どんなバイトをしていたのか詳しいことは直接聞いてください。酒のつまみになる話めちゃくちゃありますえ。

それでも大好きな音楽とアートを身近に感じられる環境は楽しかった。バイトやインターンがない日とかは必ずギャラリーやミュージアム、ライブ、クラブ、お酒飲んだり、公園行ったりしてた。
NYUの学生はSPS(Certificateコース)でもbenefitを受けることができるので、ミュージアムは基本無料で貧乏人には最高だった。

大好きなPACE GALLERY

さまざまな目的でNYに来る人たち

NYで生きてる日本人は4タイプに分かれると思う。
①駐在:商社、銀行、メーカーの駐在者なので余裕がある
②留学生:語学学校、大学、専門、美大、音大生
③ビューティー系:海外での夢をもって来ているヘアメイクやネイルのビューティ系の人たち
④とにかくNYで生きたいビザキープの学生:移住(市民権)を目標に学生やりながらバイトして生活している人たち。

それぞれの環境に違いもあるけど、みんな厳しい場所でサバイヴしていた。
第一に移民として来ているっていうのが大きくて、生まれながらにして変えられないのは外見、両親、性別以外にもあることを毎日ひしひしと感じた。

韓国人の友達とバースデーナイト
これ持ってるだけで知らない人にお祝いされる
SEPHORAは鏡を見させる気がない

だからというのもあるけど、
「今度○○関係の友人と飲むんだけど一緒にどう?」がめちゃくちゃある。

ソーシャルな社交場とかロビー活動(自己PRの場所)というよりも、この人とこの人会わせたら合いそう!みたいな感じで友人が紹介してくれて、仕事やビザの話を教えてくれたりする。

普通に音楽好きの会とか、ダンサーの会、映像関係の友人とかいろいろな人を紹介してもらって、そういう横の拡張みたいなのが多くて面白かったし、とても刺激を受けた。しんどいのは私だけじゃないことで頑張れた。

ルームメイトが「今日East Village(ジャズバーのエリア)で良さげなライブあって友達も行くからどう?」みたいな感じで誘われて、行って仲良くなった人が、日本でそこそこ有名な役者さんだったことを後で知るなんてことも結構あった。

ただ在NY日本人はあんまりそういうの気にしない&知らないのが良い。

日本人で日本の会社で10年くらい働いてると、のほほんとしててもなんとなく生きてはいけちゃったりはするので(人によるとは思いますが)、NYで同世代が生きるために必死になっている姿はめちゃくちゃ刺激的だった。
私自身もNYで働けたらと思いながら頑張っていたし。(結果断念して日本に戻ってきたわけですが)
NYでのサバイバルは、会社員生活10年目の私にグサグサ刺してきた感があって、帰国後、仕事を変えるに至る。

好きな場所に暮らすということ

東京で生まれ育ったから、日本で憧れのこの場所に住みたくて引っ越す。ということをしたことがなかった。
東京も別に好きじゃなくて、日本国内も色々行ったけど住みたいと思った場所はなかった。

一人暮らしもしたけど、かろうじて住みたいなと思った街で。という感じだったので、憧れていたNYのBrooklynを選んで住む。ということは、なんだかずっと映画の世界にいるような感じだったし、東京に憧れて来る人たちの気持ちがちょっとわかった気がした。

ホームシックになるという感情は1秒も起きなかった。

好きな場所を探してそこを選択して住むということは、日本国内に限らずやってみるべきことだと思う。

旅行で行くのと住むのでは違うというけど、本当にそうで、住んでみたらもっとNYが好きになった。日々サバイバルだったけど、それも楽しかったし、分かり合えるルームメイトがいたおかげだったかもしれない。

1年半サバイバルして、4月末に日本に帰国したのですが、最後の最後までどうにかNYで合法的にビザを獲得する方法を模索していて、ぶっちゃけチャンスもいただいたのだけど、日本で安定した生活を送ることに決断した。

異国の地でちゃんとした生活を送るハードルは高い。なので、すべての海外にチャレンジしていく人、海外から日本を選んで来てくれる人をリスペクト&応援したいです、ほんと。

それにしても2回もNYで冬を越したのに、東京寒く感じる。去年のクリスマスとか-15度で、体感温度-20度で南極と同じだったのに!

NYは寒いし暑いし、変な人ばっかりだけどそれでもThe Best city in the Worldです!!


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