犯行現場

午前一時二十二分、赤く熱した鉄棒を軍手で握りしめた男がラブホテルの一室に踏み込んできた。

「動かないでください。警察です。静かに。動かないでください。この部屋への調査許可が下りました。じっとしていてください。そう、そのまま。何卒ご協力をお願いいたします。ありがとうございます。あなた、そのままでは冷えるでしょう。布団をかけなさい。布団をかけて、そうです。ではそのまま、動かないでお聞きください。まずは驚かせてしまったことをお詫びいたします。私は、現在より約半世紀ほどの未来からまいりました警察庁の交配捜査官です。お話の前に、国際時間航行法第五十一条にあります特定航行地点以外での過去人類との接触に関する定めに基づき、ドアの鍵を閉めさせていただきます。決まりですので、どうかご理解のほどをお願いします。そちらの窓は、もう閉まっていますね。よろしい。それと、すみませんがエアコンもオフにしていただけますか。エアコン。ええ、あなたに言っています。そのリモコンは違いますか。それ、あなたの後ろ。そのティッシュ箱のところです。そう。オフにするだけで結構です。ご協力ありがとうございます。さて、今あなた方が行おうとしていました性交渉は、二〇五五年三月一日に施行されました犯罪抑止のための国際純化法第十条に定められています不良交配のうち、『将来における重要犯罪者の誕生に関わる交配』に該当すると判断されたため、遡行差止めの対象となりました。これによりあなた方に対してはこの場からの即時解散を命ずるとともに、将来における性交渉可能性の排除を目的とした措置を取ることが許可されています。誠に急なことで十分なご理解をいただくまでには時間を要されるかもしれませんが、本件に関しましては既に当局からの命令書も交付されていますので、原則として異議の申立ては認められません。一方で、今しがた申し上げました排除措置に関しまして、あなた方には過去人類の生命、身体及び財産の保護に関する法律第七条の基本方針及び同法施行令にあります保護の方法に基づき、『生殖能力除去』の他に『現在および将来における関係性の断絶』を選択する権利が与えられます。こちらに関しましては後ほど確認のお時間を取らせていただきますので、今すぐご回答いただかなくとも結構です。なお、本交配の危険度については時間的要因よりもあなた方それぞれの染色体情報の組み合わせに起因する可能性が極めて高いという交配管理局長の見解が命令書の中にも出ていますので、通常の場合とは異なり『避妊権』を選択することは出来ません。よろしいでしょうか。事前の告知を要する事項は以上となります。最後に、ご参考までに本交配に対する取締り――日付で言いますと二〇十五年九月十七日時点におけるわが国の外国人に対する遡行取締りについてですが、特別保護措置の対象となるのは二〇四四年に制定されました世界主要三ヶ国のみになります。対象とみなされます統合前の各国名は、二〇一五年九月一七日のもので言いますと……」

見知らぬ男の口から途切れることなく流れ出てきた言葉。布団の中でしっかりと肌を寄せ合った二人は、その言葉の洪水の中で必死に、息継ぎをするように「たすけて」を繰り返した。その訴えは延々と口述を続ける男の耳にも届いていたが、男が提示したいかなる権利の選択にも当たると判断されなかった。

それから、どれくらいの時間が経ったのか二人にはわからなかった。

男が静かに足を踏み出した時、ゆっくりと振り上げられた鉄棒の先端が、硬直する二人の顔に赤い影を落とした。

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