あたしがいなかったら、困るくせに #言葉を宿したモノたち
あの子があたしをじっと見上げる。あたしもぎろりと睨み返す。
あの子がこれ見よがしにため息をつく。あたしも大きなため息をつく。
彼はキッチンでお茶の準備をしていて、リビングで繰り広げられるバトルに気づかないままだ。
あの子のてのひらは落ち着かない様子で膝小僧を行ったり来たりしている。
細くて少し焼けた腕が蛍光イエローのタンクトップによく映えている。
あの子がまたあたしの方を見上げた。それはそれは困った顔で。
なによ、とあたしはため息をつく。
あの子が快適に過ごせないのはあたしの責任じゃない。ぜんぶ彼の指示なのだから。
彼とあたしは仲良しだ。
朝は彼の直後に起きて、彼がおでかけしたら一休みして、帰宅したらまた起きる。夜は彼の寝息を確認してから眠りにつく。
なのに今日は、彼ったらあたしを起こしたままでかけてしまった。
理由はすぐにわかった。彼がお客様を連れてきたのだ。
タンクトップにショートパンツ、頭の高い位置で結ばれたお団子頭。どれもがいつものお客様とは違う。
一番違うのは彼だ。溶けそうな笑顔でむにゃむにゃ言い、すぐにキッチンにひっこんでしまった。
でれでれしちゃって。
頭の中は沸騰しそうだけれど、冷静なままでいようと努める。それがあたしのプライドだから。
やがて、彼がとろとろな顔のままリビングに戻ってきた。アイスコーヒーをふたつ手にしている。
「あっ…」
あの子が何か言いかけた。彼は少しぽかんとしていたが、
「ごめん、冷やしすぎたね。すぐ切るから。」
と言って、指ひとつであたしを眠らせた。
ひどい。あんなにいつも彼のために働いているのに邪魔者扱いだなんて。あたしはぶうぶう言いながら目を閉じる。
ああ、なんてけなげで、いじらしくて、かわいそうなあたし。あたしが誰だかわかったかしら。
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