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不食を追い求めるのをやめる

不食に憧れていて
不食の人になりたくて
そのために noteを始めて
ずっと 不食について 考えて 書いてきました。

不食になりたい氣持ちは 今も変わりません。
人は食べなくても生きられる と 信じています。
 

これまで 私にとって 不食は
過食や拒食から逃れられる
食べる食べないの悩みから解放される
辛く苦しい世界から私を助けてくれる
まるで たったひとつの救いのようでした。

でも それって結局
執着していることには変わりなかった。

愛と慈悲の氣持ちではなく
ただ救われたくて 不食になりたかった。
前向きではなく 後ろ向きの思いだったんです。
 

愛で生きる。
焦りや不安や恐怖ではなく
すべてにおいて 愛の選択をして 生きる。

(今それができているかどうかは置いておいて)
そう思うようになって
これまで私が求めていた不食は 愛ではなかった
と 氣づきました。
 

食べてもいい。
食べなくてもいい。
どんな思いも感情もあってもいい。

自分を丸ごと愛して受け入れて
でも 振り回されず 少し離れた視点から
その感情を観察して ただ認めてあげる。
 

愛で生きる
楽しく生きる
笑って生きる
幸せでいる

そう決意して
覚悟を決めて

前向きな思いで
急がず 焦らず お氣楽に

いつか
たどり着きたいのは
愛と慈悲の不食。
 

不食を追い求めるのではなく
不食になりたいと強く願うのでもなく
いつか 自然と不食になる日が来るまで
お氣楽な氣持ちで 待ってあげることにしました。
 
ただただ
自分の内側の声を いつも聴いてあげて
ごまかさず 寄り添ってあげて
本当の私が望むように 動いてあげる。
喜びと愛に満ちた選択をする。

一時の感覚や感情に
飲み込まれず 振り回されず
常に 観察者の視点で 一歩引いて
自分を俯瞰して観る。
 

食べたいときには 食べてあげる。
食べたくないときには 食べないでいてあげる。
わからないときは その場で決めなくていい。
食べ過ぎたときは 楽になるまで 待ってあげる。

働いてくれる体に感謝して
自分の体と心の声を信じて
考えてくれる頭にも感謝して
愛で優しく包んで 生きていこう。
 

私はできる。
大丈夫。

私が私を いつだって 助けてあげるからね。


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