お化けに勝つためのメンタリティ

突然だが、みなさんは、いわゆる「お化け」といわれるようなものの存在を信じているだろうか。定義が気になって、手元の『岩波国語辞典 第七番 新版』を引いてみたが、「お化け」の項目の説明は「ばけもの」の4文字だけで実にそっけない。

ここで私が言う「お化け」とは、幽霊とか妖怪とか、存在が科学的に証明されていないもののうち、夜に出てきそうで、かつ何か自分に対して悪さをするようなものを指すとして考えてほしい。

さて、冒頭の質問に戻るが、みなさんは「お化け」を信じているだろうか。私は信じている。というか、信じたくないが、存在しないことを否定できない。「ない」ことの証明は、その難しさから「悪魔の証明」とも言われるが、超常現象的な存在の否定は、とても私個人の手に負えるものではない。

そして、困ったことに、私はお化けが怖いのである。

私は小さいころ、小人を見たことがある。ある旅館に泊まったときの話だ(今となっては、その旅館がどこなのかも忘れてしまったが)。夜、畳に布団を敷いて寝ていると、襖の枠になっている板の部分の木目から、小人たちが次々と飛び出して、何かを運び始めたのだ。

小人たちはとても小さく、また平面的に見えた。顔や服など細かい部分は見分けられず、まるで影絵を見ているようだった。動きは規則的で、手を振って行進していた。親玉のような少し大きい小人は板の中に残り、その他の小さい小人たちが、その指示で動いているように見えた。

私はその正体を確かめたいという好奇心から、ゆっくりと起きていって、その小人たちが向かっていった先(旅館によくある、お茶受けのセットだったと思う)を覗き込んだ。しかし、そこに小人の姿はない。「どうしたの?」と、布団から母の声がした。「ちょっと気になって」。うまく説明できる自信がなく、当時の私はごまかした。父はよく寝ていた。

私は布団に戻って、また影絵を見始めた。小人たちはまだ動いていた。だが、明らかにそれまでよりも活動の範囲を縮小していた。板の外に出てくる小人はもういなかった。小人たちは、板の中をもぞもぞと動き回っているように見えた。やがて、親玉は布団をかぶって、板の中で寝てしまった。

翌朝、といっても、私は眠った記憶がなかった。母に聞けば「よく寝ていたよ」とのことだったが……。とにかく、起きた後、私は小人たちが夜中に動いていた、襖の枠の板を見た。少しだけ、夢だったのかもしれないと思い始めていた。だが、その板に入っている木目の模様を見て、はっとした。小人の親玉が布団に入った姿、そのものだったのだ。

ーーー話が長くなってしまった。それ以来、私は超常的な存在を否定できないでいる。その小人たちは、私たちに危害を加えるような存在ではなかった。しかし、もし悪意を持った存在がいるとしたら?悪霊や、悪さをする妖怪がいるとしたら?深夜になるとびくびくした。小心者な自分の性格も相まって、すっかりビビるようになってしまったのだ。

「お化けが怖い」という、私の困った性格を克服するチャンスが訪れたのは、高校を卒業した時だった。高校生にもなってお化けが怖いというのは、今冷静に考えても結構恥ずかしいが、怖いものは仕方がない。夜中にじさまが腹痛を起こしたので医者を呼びに行った、という経験もないので、モチモチの木を見たこともない。豆太よりビビりなのだ。

チャンスというのは、そう、一人暮らしである。大学生の一人暮らしは自由だ。サークル活動も、友達と遊ぶのも、飲み会も自由。そのため、帰りが深夜になることは日常茶飯事だ。いつまでもお化けにビビっていては、大学生活を楽しめない。でも怖いものは怖い。昔からずっと怖く思っているものを克服することは、かなり難しいのだ。

ではどうやって克服したのか。先に言ってしまうと、ものすごく単純なことで、しかも偶然発見した方法で、なぜか私にはものすごく効果てきめんで、一気に恐怖心を克服できてしまった。

それは、思い込みを利用する方法である。具体的には「お化けは、午前2時~5時の間しか出ない」と思い込むことである。

改めて文字にして思うが、我ながら意味が分からない方法だと思う。本当に意味が分からない。分からないが、確かに私には効いている。私は今でも「お化けは午前2時~5時の間にしか出ない」と信じて疑っていない。

「プラシーボ効果」という言葉がある。なんの効果もない薬を「特効薬」だと説明して飲ませたら、症状が改善したんだそうだ。この効果を利用した、何の効果もない薬が製造されているほどである。人間の思い込みには、実はすごい力が秘められているのではないか。

私は「お化けは午前2時~5時の間にしか出ない」と信じて疑っていない。だから、午前2時までなら、帰り道が暗く、静かでも怖くない。もし、今でもお化けが怖いと思っている人がいたら、ぜひ試してもらいたい。もしかしたら、思い込みの力で克服できてしまうかもしれない。

ただし、この方法には、たった一つだけ、弱点がある。それは「午前2時~5時の間に起きていた場合、めちゃめちゃ怖い」ということである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?