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ル・コルビュジエ建築探訪 後編②

 リヨン郊外のラルブレルという駅を降りると、小雨がぱらついていた。駅前広場はだだっ広いだけで何もない。駅から街とは反対側へ、疎らに家が続くだけの郊外の道を進む。途中、「ラ・トゥーレット修道院ル・コルビュジエ」と看板があり、右へ曲がる。それはその先も道が分岐する度に現れ、来訪者に行くべき進路を告げる。
 そうして歩いて行くと、道は緩やかに傾斜しながら牧草地へと入った。牛が草を食んでいる。先刻通った疎らな家並みはもう向こうに横たわっている。さらに進んで行くと、北海道の十勝辺りで見るような並木の一本道があり、そこを抜けると幾何学的なコンクリートのブロック体が不意に現れる。それがラ・トゥーレット修道院である。小雨はいつしか止み、雲間からは青空が少し覗いていた。
 ラ・トゥーレット修道院の見学は時間指定制のツアーになっていたので、時間になるまで私は周りを少し歩いた。ロンシャンもラ・トゥーレットも、クチュリエという同じ神父が依頼したということだが、こちらは修道院だけに、抑制された表現となっている。急な斜面を利用して建てられたため、主要施設は三階の入口から下に降りて行く。修道士の生活の場でもあるので、見学の範囲は限られていた。
 渡り廊下、食堂などを見て回ったが、その多くは幾何学的な窓枠がリズミカルに続いている。ところどころ制限された光の配列は、ロマネスク建築を思わせる。実際にコルビュジエは、プロヴァンスにあるル・トロネ修道院から影響を受けたと語っている。
 ラ・トゥーレット修道院は一見すると、牧歌的な風景のなかに無機質な直方体が置かれてあるだけに映る。しかし仔細に眺めると、ピロティからモデゥロールまで、コルビュジエの多年に亘る建築言語がそこかしこに散りばめられていた。
 20人ほどの見学ツアーは、最後に礼拝堂に入った。外から見た時に、窓のない大きなコンクリートブロックがあったが、そこが礼拝堂だった。壁と屋根の間のスリットと、低位置にある色の着いた横長の隙間、それに天井のトップライトが、極限までに限定された光を空洞に届けていた。
 反対側の祭壇は一転して天井が低く黒に塗られ、三つの大きな円形の天窓が目を惹く。光の大砲と呼ばれるその筒の部分はそれぞれ、赤白青に塗られ、そこを通った光が祭壇を照らす。思いきった表現だが、構成も採光もどこかに冷たい調べがあった。それはこの修道院のハイライトと言える印象的な光景で、修道院らしい清冽な響きが空間に漂っていた。
 
 
 ラ・トゥーレットが、住むと集うを兼ねたコルビュジエの建築言語の集大成としての修道院建築なら、ユニテ・ダビタシオンは一般の集合住宅のそれに当たる。
 マルセイユの繁華街から南へ4kmほど進むと、サッカーでおなじみのスタッド・ヴェロドロームが見えてくる。そこを越えてしばらく進んで行くと、巨大なマンションが右手に現れる。それがユニテ・ダビタシオンである。
 独身から4人家族まで全23タイプ、337戸もの住戸があり、中にはスーパーやレストラン、書店や美容院、郵便局まである街区エリアもあり、最上階には幼稚園、屋上には体育館やプールまで設けられた、生活完結型の集合住宅である。1952年の時点でこれだけのものを実現させた。
 しかし建築家が意欲的に取り組んだこの作品も当初は相当な酷評で、そのためコルビュジエは、来訪したピカソと一緒に写っている写真をわざわざ作品集の冒頭に大きく掲載して、イメージアップを計った。そんな作品も、現在では地元の人からは愛着を込めて、「ル・コルビュジエ」と呼ばれている。
 長さ165m、幅は24m、高さ56mで18階相当の巨大な構造物は、私の前に置かれていた。視界には青空と樹木がその縁に僅かに映るのみで、ピロティによって持ち上げられた、モザイク模様のコンクリートの量塊がそのほとんどを占めていた。
 ワイン棚のようにくり抜かれた窓枠はブリーズソレイユといって、太陽の位置が低い冬は部屋の奥まで光を通し、夏は日除けの効果になる。ところどころリズミカルに配された原色の壁が、南仏の青空に対峙していた。
 全戸メゾネットタイプのため、18階相当といっても共用部分は8階までしかない。共用部分の廊下は3フロアに区切った真ん中をそれぞれ貫いていて、片側の列の住戸は吹き抜けのリビングから上がった上階が両サイド開放のメゾネット。反対側の列は吹き抜けの上階からリビングに下りて下階が両サイド開放のメゾネット。独身タイプのフロアを除いて、3フロアずつパズルのように組み合わせた構造になっている。
 ツアーに参加すると、見学可能な部屋に案内される。入ると上階へ向かうタイプで、シャワー室などを横目に見ながら通過すると、すぐに吹き抜けの明るいリビングに出た。そこだけ天井高は6mあり、他はすべてコルビュジエの定めた人体寸法モデゥロールの2.3mとなっている。それらは居住するのには理想的な、ちょうどいいスケールと言える。
 階段を上がると寝室や浴室がある。リビングの窓は上階部分だけ曇りガラスで、いろいろと工夫がみられる。シャルロット・ペリアン設計のキッチンはコの字型になっていて、中で移動せずに作業できる。その現代性は、居住者からも人気が高い。コルビュジエの住宅概念に符合するばかりでなく、見事なアクセントになっていた。
 一行はその後、屋上に上がった。強烈な光が照りつける。向こうには石灰質の山が見える。目の前には煙突がある。船の汽笛が鳴っているようだ。豪華客船をイメージしたというコルビュジエの意匠が感じられる。体育館では何かのイベントの準備に追われているようだった。
 さらに商店エリアまで降りて行く。2フロアに渡って、レストランや美容院、書店、雑貨屋など、様々な店が並ぶ。レストランはランチでコースだと37ユーロ。単品でも29。中の上クラスの集合住宅ということが判る。雑貨屋には建物同様、センスのいい商品が並んでいたが、見物客を除いて、辺りはほとんど人はなく、店内は静かだった。

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