青春っぽい話

思い出話をひとつ。

高校の時、週に2、3回電車で乗り合わせる男の子がいて、
その人の後ろ姿を眺めるのがとても好きだった。
卒業まで、結局顔はいちども見なかった。

どうやら私の乗る電車は、彼が遅刻ギリギリの時に乗る便らしく、
彼を見かけるときはいつも、柔らかそうな髪に寝ぐせがついていて、
大抵駆け込み乗車だった。
私のひとつあとの駅で乗ってくるから、ありがたいことに後ろ姿見放題。
時々、満員の車内、乗客同士が押し合いへし合いするうちに、
私のすぐ前に彼が移動したりすると本当に心臓が口から出そうだった。

ただひとつ気をつけていたのは、絶対にその顔を見ないこと。
後ろ姿がこれ以上ないほど格好よかったので、もしも顔を拝見して、
ついうっかり幻滅でもしてしまったらとんでもなく失礼な話だ、と思ったから。
あとは目が合ったりしたら殺られそう、という単純な理由。

結局彼については、制服の校章から通っている高校だけは分かったけれど、
それ以外になにも知らないまま、卒業して、その電車には乗らなくなった。
自分が彼の背中の虜になっている、と気づいてから1年半くらい
そんな朝を繰り返していたように思うから、多分彼は同い年か、一つ下だ。
私のこと、認識していたのかな。わからないな。


当時はそんな風に思う余裕もなく、息を潜めて盗み見るのが精一杯だったけれど、
高校時代に好きな人もおらず、友達もそんなにいなかった自分にとって、
唯一彼は小さな青春の光だ。