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2022年の締めに考えていること

なぜ、ライターは締め切り間近の原稿があるときに限って、違う文章を書きたくなるのだろう。そんなことを思いながらこのnoteを書いている(学生時代はテスト前に無性に部屋の掃除をしたくなったのだから、あれから進歩していないんだなと少し自分が笑えてくる)

2022年を振り返ってみると、あっという間の1年間だった。ただ「あっという間」と簡素な一言で一年を片付けるにはあまりにもむなしすぎるので、今年考えていたことや、来年の抱負なんかも書いていこうと思う。

1~3月:適応障害からの回復とポケカと

2021年の12月に適応障害になった。理由は色々あるのだけど、ここで書く内容ではないから、詳細は省く。ただ、適応障害になったことで色々とわかったことが多かったので、なんだかんだいい転び方をしたなと思う。

例えば「単純なマネーゲームは面白くない」「自分のやりたいことをやりたい」など。

単純なマネーゲームは面白くない

単純なマネーゲームというのは、簡単にいうと営利企業での金儲けのことだ。経営陣のミッションやビジョンがあって、それをどうしても叶えたい、その手段として金を儲けなければいけないというのなら同意できるのだが、ただ単純に金儲けのことだけを考えていても面白くなかった。

長いことフリーランスをやってきたからか「金儲けるんなら自分でやったほうがリターンも大きいんじゃね?」と思い、会社という媒体でやる必然性を感じられなかったのだ。

やはり、会社や団体でやる以上は、個人では出せないインパクトを社会に出せるからその形態をとっているのであって、インパクトを出せない、もしくはそのインパクトを出すことに価値を感じられないのであれば、その会社や団体で働くことに意味はない、と僕は思う。

自分のやりたいことをやりたい

ちょっとかっこよく、最近の流行みたいに言っているが、言い換えるとワガママなだけなのだ。思えば昔からワガママだったので、この点においても昔からちっとも変わっていないんだなと思う(笑)

こういうとを言うと、やりたいことは絶対にやらない人、みたいな極論に聞こえてしまう。もちろん社会人である以上、時にはやりたくないこともやる場面が出てくる。

そういうときはなんだかんだやるのだけれど、それがずっと続くとしんどい(例えばライターとして入社したのにエンジニアの業務を任されたり)だからこそ、自分がやりたくない業務は効率化していく必要があるし、時には他者と衝突をする必要もあるのかなと今では思っている。

ポケカで散財

ちなみに、ポケカは去年の10月から3月までハマっていた。ハマりすぎて散財してしまった。軽く10数万円以上は使っていた。考えられない。正気じゃない。

ポケカはある人の動画で「上に行けば行くほどイカサマ合戦」と聞いたこと、運要素が強いゲームだったこと(その運要素を極力減らすのが楽しかったのだけれど)、環境が変わりすぎて金が溶けていくことを理由にやめて、ほぼ全部売った。販売合計額はそこそこ良いホテルに5日間くらい滞在できる金額だったので驚いた。

3~12月:帰郷と22歳と親知らずと

3月からは新しい仕事が始まった(3月のはじめに退職した)。これまでやっていたライターをはじめ、コンテンツディレクター、なるものも始まった。これはコンテンツのクオリティを担保する人だから、今までとやることはあまり変わらなかったのだけれど。

他にはスタートアップでメディアを見る人も始めた。コンサルタントなのか、編集長なのか、編集者なのか未だに役職はわかっていない(笑)

この8ヶ月は特に変わることはなかったので、細々したことを書いていこうと思う。

3月:久しぶりの帰郷

久しぶりに実家がある大分に帰った。とはいっても、流行病のせいで実家には帰らずに旅館に泊まったのだけれど。その旅館で初めて貸切風呂に入った(宿泊客なら無料で貸切風呂に入れるところだった)

これまで温泉の良さを全く実感できていなかったのだが、初めてゆっくり入ることができて、温泉の良さを堪能した。言葉では言い表せない良さが温泉にはあったので、今度帰ったときもまた入ろうと思う。

3月はとあるイベントに呼ばれて、久しぶりに高校生の話を聞いたのだけれど、すごいなと実感するばかりだった。

久しぶりに中学時代の友人に会った。普段は話さないような話をしてかなり楽しかった(ちなみに流行病のせいで成人式が開催されず、同窓会的なものにも行っていないので、ほかの同級生たちがどうしているかは知る由もない)。

7月:二度目の帰郷

7月にまた帰った。3月に呼ばれたイベントに関連するイベントを7月に開催するとのことで。このイベントは簡単にいうと、2日間で高校生がビジネスプランを考えるというもの。

初日は無事開催できたのだが、2日目が流行病が理由で開催できなくなった。その後は参加予定だった高校生とかと長らく色んな話をした。

僕が、高校をやめてから大人と話して「大人っていうのはなんて無責任な生き物なのだ」と思うことも多かったが、今ならその理由がわかった気がする。

無責任に発言するのは楽しいのだ。自分が言いたいことを言って、何かしらのリアクションが来る。なかなかに楽しいことだなと感じてしまった。と同時に自分の発言に責任を持つことの難しさも実感したのだが。

何かしら良い影響があったら良いなと願うばかりである。

8月:ワールドトリガーにハマりまくる

久しぶりにワールドトリガーを見たら面白すぎてハマってしまった。アニメ3周くらいした。空き時間があればとりあえずワートリ見てた。自分で伏線っぽいところを見つけるのありえないくらい楽しい。と同時に世の中の伏線発見する人たちはすごいなと思った。

10月:大人とは何か、そしてこれからを考える

(これからのことについては最後に書きたいので、最後に書く)

22歳になった。このタイミングで大人とは何かを考えた。20歳のときにも考えたのだけれど、イマイチ自分の中でしっくりきていなかったから、改めて考えてみたのだ。

今の所「大人とは自分で選択できる人、選択肢を増やせる人」であると定義づけている。子どもと大人の違いを考えたときに真っ先に出てきたのがこれだったからだ。

ただ、暫定的にはこう決めているものの、まだまだしっくりきていないので、これからもっとブラッシュアップしていこうと思っている。

11月:右下の親知らずの抜歯

右下の親知らずを抜いた。上の親知らずは2年くらい前に抜いていたのだが、下の親知らずは抜く勇気がでなくて、なかなか抜けなかったのだ。だが、早いほうが良いというのを聞いて、抜くことを決心した。

歯の麻酔は慣れていたので、全然痛くなかった。抜いて麻酔が切れたあとも全く腫れることなく、痛みも案外すぐに引いた。

歯医者によると「まっすぐ生えてるから問題ない」とのことで、見事あたっていた。歯医者すごい。ただ、左下はちょっと骨が曲がってるから若干腫れるかもねとのことだった。1月に抜歯する。怖い。

ちなみに、引っ越してきて初めての歯医者だったが、先生が良い人で良かった。住宅地だからか、歯医者が周りにたくさんあり、どの歯医者に行くか、かなり悩んだ(歯医者のレビューサイトだれか作ってくれ〜〜)

その先生と雑談することもあるのだけれど、「なんで親知らずって生えてるんですかね?」と聞いた。生えてるメリットほとんどないのに、なんでそんなものがあるのか、ふと疑問に思ったからだ。

その先生曰く、昔からの名残だという。昔は硬い木の実を食べたり、木の皮をかじったりすることもあり、そのときは奥歯が多いほうが良かったら生えていて、その名残だと。

昔の人の頭蓋骨を見ると今よりも顎が大きく、親知らずもきれいに生えているらしい。ただ、煮たり焼いたりするなどして柔らかく食べられるようになってからは親知らずはほとんど機能しなくなり、顎の大きさもだんだんと小さくなっていったのだという。

現在では親知らずが生えてない人もいるらしい。人間の進化が現在進行系で行われているのはすごいと思う。

(この話を元職場の人にしたら歯科衛生士でも目指してるん?とツッコまれた。ンなわけあるかい笑)

これから

誕生日をむかえた時に色々と考えた。これからどうするのかを。SEOやWebメディア界隈に5年くらいいるわけだけど、これから先スキルをどうするのかを考えた。ひとつはスキルを伸ばす方向。広告運用やSNSマーケティングなど今と関わりある部分で伸ばすことを考えた。

転職エージェントにも登録してどの会社にしようか悩んでいる時だった。

おもしろい会社がひとつもない...

会社を見ていると、そんな虚無感を味わった。そう、いろんな会社を見てみても、僕はおもしろさがわからなかったのだ。

だとすると、別のスキルを伸ばすべきか?と自問自答した。一ヶ月くらい内省したときに「子どもや若者支援に関わろう」そう思った。

これを考えるきっかけになったのは、とあるエージェントさんとの面談で「社会とどう関わっていきたいですか?」と聞かれたことだ。この質問をされた時、たしかにキャリアを考えるうえで、社会とどう関わっていくのかを考えてこなかった。どうすればより稼げるかというのしか考えてなかったのだ。

社会とどう関わっていきたいか、そう聞かれると何だか小難しいことのような気がしてくるが、要は社会に何を還元したいのか、どのような社会だと自分が幸せかだと思っている。

色々考えたのだが、やはり「子どもが選択肢を選べる社会」が良いなと思った。子どもはあまりにも運ゲーすぎると思ったのだ。親もそうだし地域もそう。学校だってほとんど運ゲーだ。

運ゲーの何が面白くないかって、自分の努力が反映されないこと。これに尽きる。地域も地方と東京で差があるのは事実だし(こういうことを言うと地方もいいところあるよという大人がいるがそういうことじゃない。何も分かっちゃいない。そういうことじゃないんだよ)学校だっていい友に出会えるか、いい教師に出会えるかはほぼ100%運ゲー。

例えば、あそこの小学校の生徒は真面目で偉いという評判があっても、その子の代では荒れた生徒が多くなるもしれない。教師だって毎年変わるから運要素はなくすことはできない。むしろ運要素の方が大きい。

親だってそうだ。例えば「プログラミングを学ぶためにパソコンが欲しい」という希望があったとする。金持ちの子どもは何の楽もせずすぐに買ってもらえるだろう(金持ちは金持ちで色々大変なことがあると聞いたから、金持ちってだけで楽に生きられる世界じゃないんだなぁとも思うけど)

一方、お金が無い親の子どもはまず買ってもらえない。そうなるとバイトをする必要があるが、バイトはそもそも高校生からだから、もし仮に中学生が欲しいと言ったら他の手段は何も無い(大人は「クラウドファンディングやりなよ」みたいな無責任な言葉をかけてくる。嫌いだ)

お金が無い子がプログラミングを学ぶためにパソコンを得るためには金持ちの子ども以上の苦労が必要になってくる(ここでは金持ちとお金が無い子の金銭面だけを比較した場合。どちらも苦労は必ずあると思うがこのケースにおいてという意味)

こういうことを言うと大人は「苦労をした分、自分の力になるよ」とか訳の分からん綺麗事を言う。ありえんだろ。たしかにクラウドファンディングなり、人に頼むなりのスキルは身につく。ただ、それってその時必要なことなの?とも思う。

プログラミングを学びたくてパソコンを得たいのなら、それに最短距離で近づいた方が良いことが多いと思う(もちろん、時にはまわり道をすることも大切だ)。 

ちょっと話が脱線してしまったが、つまり「子どもが気軽に挑戦できる社会」にすることが自分の人生におけるミッションなのかなと思う。おそらくこれは僕の人生をかけても達成できるかどうかわからないけど、どうにか自分のペースで頑張っていかないとなと思う。

NPOのお金問題

僕のミッションはNPOで働くのが一番達成できるのが速そうと思っているのだけど、ここで問題になってくるのがお金問題だ。そもそもNPOは非営利なので、お金儲けをしたらいけないという風潮とか、ボランティアで関わるみたいな雰囲気を何とかしないといけないと思う。

非営利というのはあくまでもミッションが第一にあって、その下に儲けのことがあるんですよ、といつだったかお偉いさんが言っていたような気がする。

NPOの給料は、ちょっと前に調べたとき250万程度だった。営利企業と比べるとめちゃくちゃ少ない(業種や団体によって違うのは当たり前なので、そのあたりは割愛)。社会貢献をしている人たちの給料が少なくて、よくわからん会社の給料が高いのはおかしくない?と思ってしまった。

まずはこの待遇面からどうにかしないといけないと思った。お金がないと人材にも事業にも投資できない。価値ある行動ができなくなってしまう。そうならないためにも、NPOのファンドレイズを広げていったりしないといけないと思う。

自分はフリーランスで長く働いてきたからか「その人のスキルに見合った報酬が払われないこと」に対してすごく憤りを感じてしまう。ある種給料が低いから志が高い人しか集まらないとも言えるのだが、志が高いけど給料面で厳しいとなった人も多数いるはず。そういう人も巻き込みながら事業を行っていく必要があると思う。

あと、僕はすべてのNPOがなくなればいいと思っている。ちょっと過激に聞こえるかもしれないが、要はすべてのNPOな存在意義ない社会とは、国がありとあらゆる人の支援に手が回っているということだと思っているからだ。

つまり、最終的には国を動かす必要がある。政治家とかには興味がないからどうしようかと悩んでいたけど、政策提言などからも国を動かすことはできそうなので、当分はそっち方面から攻めようかなと思う。

とりあえずこれからやることは以下の3つ。

  • 「子どもが選択肢を選べる社会(子どもが気軽に挑戦できる社会)」に近づくようなNPOに関わること

  • 広報やファンドレイズに力を入れて、事業だけではなく、NPO全体の給料などの待遇面を上げること

  • 政策提言などを行い国を動かすこと

なかなかに大変な道のりだろうけど、人生をかけても達成できるかわからないものだから、なるようにしかならないと思っている。

僕は焦りすぎるとパフォーマンスが落ちてしまう類の人種なので、これまで通り気ままにマイペースに自分の実現したい社会に向けて一歩一歩歩いていこう。

お寿司が食べたいです