瞬間を教えてあげたい

瞬間を教えてあげたい
犬を飼った瞬間を
日々夢見ていたころの私に

ふわふわの毛並みがどんなに心地よいものかを
頭を撫でると目を細めるその顔が
どんなに幸福そのものかということを 知らなかった私はたしかにいた

その「はじめて」の
震えるような歓びを
瞬間を教えてあげたい


瞬間を教えてあげたい
恋が叶った瞬間を
何も知らなかったころの私に

目も口も弛んでしまうということを
からだの奥からじゅわっと分泌されるものがあって
己は生き物なんだと思えるということを 知らなかった私はたしかにいた

その「はじめて」の
悶えるような歓びを
瞬間を教えてあげたい

瞬間を教えてあげたい
友を裏切った瞬間を
そんなことするはずないと信じていたころの私に


泣きじゃくっても取り戻せないということを
爪のあとが腕に残り下唇に歯の跡がついても
ただ許しを待つことしかできないことを 知らなかった私はたしかにいた

その「はじめて」の
裂かれるような苦しみを
瞬間を教えてあげたい

人生に瞬間はただ一度ということを
教えてあげたい
ただ前をむくフリしているだけの私に

私のまだ見ぬ瞬間のために







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