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【レポート】参加型デザイン社会におけるデザイナーの役割とは?

2019年8月にIDL主催で「参加型デザイン社会におけるデザイナーの役割とは?」というイベントをbook lab tokyoで行いました。昨年実施したイベントですが、withコロナという人々が直接集まりにくい今だからこそ、改めてイベントのレポートを通して参加型デザインの意味とデザイナーの役割について考えたいと思います。

はじめに

環境問題や社会課題がますます複雑化している昨今、多様なステークホルダーを巻き込みながら課題を考え、解決策を生み出す参加型デザインの必要性が高まっています。例えば最近だと「リビングラボ 」という市民参加型の共創活動手法を聞いたことがある方もいらっしゃるかと思いますが、リビングラボ もその手法の一つです。

参加型デザイン社会が広がっていく中で、我々デザイナーたちはどのような役割を担うべきなのでしょうか?

この問いを考えるべく、今回のイベントでは世界各国のフィールドワークを通じてソーシャルイノベーションやリビングラボの研究をされているNPOミラツク研究員の森雅貴さんをゲストに迎え、全部で3つのトークを踏まえて、参加型デザイン実践のために持つべきマインドセットおよびスキルセットは何か?参加者全員で対話しました。

社会全体をラボと捉えて実践する -ミラツク森さん

ミラツクの森さんからは、リビングラボの概要と海外における実践事例を紹介いただきました。

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リビングラボの特徴は大きく3つあります。
①ユーザー、企業、行政、大学の4者で共創
②ユーザー主体
③研究とイノベーションを同時進行で実践

そして特に重要なのが、「実生活の文脈において取り組む」ことです。実生活や街の中でパイロットテストをすることで、リアルな使われ方や歪みを理解できます。つまり研究所内だけでなく、社会全体をラボとみて実践していくことがリビングラボ のキーといえます。

海外事例 -市民が共感できるビジョンの設定

いくつか海外のリビングラボ実践事例を紹介いただいた中から、フィンランドとオランダの事例をご紹介します。

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| フィンランド ヘルシンキの事例

「もし1日のうち1時間の余暇を持てるとしたら、あなたは何がしたいか?」
この問いを投げかけられたら、どのような気持ちがするでしょうか?私だったら「それは良い!さて何をしようか。」と前のめりにアイデアを出してしまいそうになります。
フィンランドの事例の素晴らしい点は、このように市民がオーナーシップを持って主体的に取り組みたくなるテーマを掲げたことです。

元々の取り組みの目的は、港の移転によって衰退した地域をスマートテクノロジーを活用しながら再開発することでした。そこで行政はリビングラボの手法を活用したのですが、1年間ほど市民と行政が対話を重ね、市民自身がヘルシンキの未来の姿を想像できる「全ての地域住民が1時間の余暇をもつために」というテーマを創出したそうです。

このテーマに対して市民が多岐にわたるアイデアを出し、乗り捨て可能なシェアリングカー、外出不要なゴミ捨てといったユニークなソリューションへと繋いでいったのですが、キーとなるのは「市民から未来像の着眼点を得て、それを行政や企業が取り組むというビジョン主導」だったことです。

| オランダ アムステルダムの事例

2つめに、地域の魅力を高める目的で実施されたオランダのリビングラボ事例を紹介します。元造船会社があった空き地の再開発を目的としていたのですが、この地域の大きな課題は、造船会社が所有していた船や工場が長年放置されていたため、地域に土壌汚染が広がっていたことです。

このような課題があるなか、建築事務所「Space & Matter(スペース・アンド・マター)」は「オルタナティブな活動に取り組む若いクリエイターのためのシェアオフィス」というテーマで、10年間のリビングラボを実践することになりました。
オルタナティブな活動というのは「経済や資源が循環する新しい仕組み、いわゆるサーキュラーエコノミーへの取り組み」のことで、例えば太陽光発電や糞尿を有機物に変えるシステムなど土壌汚染を改善できる個々の取り組みを行いながら、全体としても循環できる仕組みのデザインを目指しています。

このオランダの事例で興味深いのは、10年間というスパンを設けたことと、シェアオフィスといえども選ばれたクリエイターだけでなく市民も巻き込む設計となっていることです。市民が対話に参加できるイベントだったり市民が集まれるカフェが併設され、「10年後にこういう場所になって欲しいよね」という未来のビジョンを全員で共有しながら、市民や行政、企業が共創しているということがポイントです。

リーダーシップからオーケストレーターシップへ

最後に、リビングラボがうまくいくための構成要素を紹介いただきました。フィンランドやオランダの事例であったように、「テーマ設定や未来像があること」や「市民主体のプロジェクトであること」などがポイントとしてあるのですが、デザイナーの役割として特に着目したいのが「リーダーシップ」です。
ステークホルダーたちと共創するリビングラボ にとって必要なリーダーシップとは、ただ引っ張っていくだけではなく、その場を編集するようなオーケストレーターシップが求められます。
自分が前に出るのではなく、共創する4者を調和し、支えてあげることが参加型デザインに必要なマインドセットだといえます。

Wicked Problemとの対峙とデザイナーの役割 -IDL辻村

2つ目のトークはIDLデザインディレクターの辻村より、参加型デザインの系譜を通し、どうすれば今後デザイナーが人々の参加を促進し、巻き込んでいけるのかの可能性をお話ししました。

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冒頭に書いたように、いま我々を取り巻く社会環境はますます複雑化しています。気候変動や高齢化、新たなテクノロジーによって生じる倫理的な問題など、流動的で不確実性を伴う問題が数多く存在しています。
こういった問題は「Wicked problem」(意地悪な問題)と呼ばれ、今から約40年ほど前に論文で発表されました。
また2000年代に入ると、デザイン研究者であるドナルド・ノーマンが「designX(未知数の問題)」を発表し、超複雑化した問題に対して新たなデザイン方法論を開発する必要性があると提唱しました。

つまりこれからデザイナーはTame problem(飼いならされた問題)ではなく、Wicked problemと対峙する必要があります。このWicked problemは常に流動的であるため、状況に合わせた生成的なアプローチが必要です。つまり「作りながら考える」というデザインリサーチの実践が重要になります。
もちろんリサーチの対象領域も複雑性を帯びるため、社会学や心理学といった多分野のバックグラウンドを持った方々との対話が必要不可欠です。これは意味のイノベーションで有名なロベルト・ベルガンティ教授も「デザインディスコース」という言葉を用いて複数分野での対話の重要性を提唱しています。

Wicked problemと対峙していくために、複数分野における専門家とそのアクター(=参加者。人だけでなく、機械や生物も含まれる)が参加・対話し、その対話を駆動力として臨床的に物事を解決できる関係性を作れる場が今求められています。

参加型デザインにおいてデザイナーが持つべき3つの視点

ではデザイナー自身は参加を促すためにどういった視点を持てば良いのでしょうか?参加型デザインを実践する上でのキーポイントを3つにまとめました。

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①専門家としてのデザイナー
モノやコトをデザインしたり、意味を考える。
②非専門家としてのデザイナー
非デザイナーのマインドになり、生活者目線で物事を考え捉える。
③調整役としてのデザイナー
場を調整するためのツールや環境、仕組み、システムをデザインする。

③の調整役のデザイナーがデザインするツールや環境は、ポストイットワークだけを指すのではありません。場のファシリテートであったり参加者同士がうまくコミュニケーションを取るための工夫も含まれます。
これらの3つの視点を状況によって使い分けながら、多角的に問題を捉え、解決に向けて実践することが、今後デザイナーに必要なチャレンジであると考えられます。

ステークホルダーと共にコンテクストを編む -Societal Lab.

IDLにはSocietal Lab.というユニットがあります。彼らは社会課題からヒントを見つけ、フィールドにおける新たな価値創造に実践的に取り組んでいます。そのSocietal Lab.に所属する白井と遠藤からは、現在取り組んでいるプロジェクト「サイクル・リビングラボ」と「食のプロジェクト」を通して得た気づきと、ステークホルダーを巻き込むためのヒントを紹介しました。

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サイクル・リビングラボとは、京都北部の丹後地方を拠点に、自転車、モビリティ、テクノロジーを軸として、新たな価値を形成し、地域の持続可能な発展を目指す取り組みです。企業と一緒にフィールドリサーチをしながら新たな問いを見つけ、共にプロジェクトを作っていくというリビングラボ のアプローチを実践しています。

食のプロジェクトも同じく丹後地方を拠点とし、食を通した地域ブランディングを実践しています。このプロジェクトで面白いのが、ステークホルダーとして1次生産者だけでなく、2次、3次産業の事業者にも参加いただいていることです。幅広いステークホルダーに参加いただくことで、一時的なキャンペーンで終わらせることなく、継続的な活動を目指しています。

サイクル・リビングラボ も食のプロジェクトも、プロジェクト単発に留めず、いかに地域に根付かせ、文化に繋げられるかという視点に重きをおいています。そのためには継続的に反復・実行できる仕組み作りと、地域住民と企業、さらには行政との関係性作りが重要です。

いかにステークホルダーを巻き込めるか?

持続可能な仕組みを作るために、どうすればステークホルダーを巻き込むことができるのでしょうか?

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例えばSocietal Lab.では、地域住民へのヒアリング、実証実験、住民と企業間のワークショップ、シンポジウム、といった様々な活動をしているのですが、それらの活動を組み合わせたり、ピンポイントで参加してもらいながら、徐々に参加の濃度をあげるという工夫をしています。そして活動を通して「参加への動機付け」→「問いが発見できる多様性のある場づくり」→「気づきと参加の意味付け」というサイクルを回し、新たなプロジェクトの創出を目指しています。

あらゆることが不確実で複雑化している世の中において、これからの企業は顧客の価値を優先するだけでなく、その先の社会を見据えていかなければなりません。そのためには、自分たちのポテンシャルを探しながら、一緒にプロジェクトに取り組むことができるパートナーを見つけることが重要です。つまりデザイナー自身も、社会においてステークホルダーと関わりあいながら包括的な価値をデザインする着眼点を持つことが求められます。

持つべきマインドセットとスキルセットとは? -参加者との対話を通して

3つのトークに続き、参加型デザインプロセスで持つべきマインドセットとスキルセットについて、イベント参加者と共に対話しながらまとめていきました。

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普段参加型デザインに取り組まれている方が直面している課題として多いのは、「利害関係があったり意見が異なる参加者が存在する場で、どうやって同じ方向を向いてもらうか?」ということでした。

この課題を解決するヒントになり得るのは、フィンランドやオランダの事例であったように、参加者が共感したり希望を持てるような場やテーマの存在なのではないかと思います。つまり「自分たちの地域をどうしていきたいのか?」という大きなビジョンの存在です。
意見が違う人に対して、その違いを排除するのではなく、対話や歩み寄りによって新たな可能性やブレークスルーを作ることが参加型デザインの意味であり、参加者たちが自分でも何かできるかもしれないという小さな成功体験を感じられる場を作ることが今後求められるスキルなのかもしれません。

締めくくりとして、ミラツク森さんより「参加者の動機付けとして、まずは楽しめる場を作ることが大事」というお話がありました。参加者自身の内なるクリエイティビティを発揮してもらうためには、楽しみながら問いに向きあえる場の存在は重要です。withコロナにおいて、大勢の人が参加できるリアルな場を作ることはなかなか難しいかもしれませんが、知恵を絞って、困難をうまく乗り越えながら実践していくこともこれからデザイナーに求められるスキルの1つではないでしょうか。

これからますます問題は複雑化し、デザイナーの役割は広がる一方ですが、そこをどのように自分自身も楽しみながらチャレンジできるのか?今後実践の中から探って行きたいと思います。

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