天ざる蕎麦さまぁ~!
ある早春の昼下がり。埼玉県ふじみ野市にある大型スーパーへ、妻と買いものに出かけた。
ふじみ野駅周辺は、埼玉都民と呼ばれるサラリーマンが多く住むベッドタウンだ。東武東上線に乗ると、三十分くらいで池袋に出られるので、都心へ通うのにとても便利な土地である。
衣料品などの買いものをし、すこし遅い昼食をとろうと、一階のフードコートに向かった。昼食どきをすこし過ぎていたが、休日の午後ということもあり、多くの人で混み合っていた。
どこにしようか、などと迷っていると、ふと小洒落た麺処が眼についた。店まえの椅子に、何人か腰掛けていたので、少し待つことを覚悟して、蕎麦を食べることにした。
順番待ちのシートに名前を書き込み、名前が呼ばれるのを待つため、店からすこし離れたベンチに腰掛けた。まえに五組の名前があり、十五分くらいの待ち時間とふんだのだが、それを過ぎても名前が呼ばれず少し焦れ始めた。
そんなぼくのイライラを見かねた妻が、シートの順番を確認に行くと、なにやら妙な顔してニヤニヤ戻ってきた。妻は「とにかくヘンだから来て」と言う。そして、順番シートのある所まで連れだすと、そのヘンな場所を指さした。
ぼくはその場所をのぞき込んだ。そして「確かにヘンだ」と言った。そこには、ぼくのの名前の次に「天ざるそば」と書いてあったのだ。
まあ一瞬にして勘違いだと分かったが、なんだか微笑ましくなり笑ってしまった。
それにしても、いったいどういう人が、こういう勘違いをしたのだろう。名前を書き順番を待つという習慣がない人なんだろうか。ぼくの心に小さな疑問が浮かんだ。
間違いの主を確認したいという衝動に駆られた瞬間、店員がぼくの名前を告げた。少しだけ後ろ髪を引かれる思いで、店の中へと誘導された。
着座した席は、後ろ髪を察したわけではないと思うが、入り口が真っ直ぐ見通せる場所だった。ぼくはメニューを見ながらも、次に呼ばれる人に気を配ることを怠らなかった。
するとほどなく女性店員が、次の客を呼び入れるために、順番待ちシートの確認に出て行った。そして、少し困った顔をしてあたりを見回した。
困ったに違いない。まさか「天ざるそばさま~」とは言えないし。女性店員は、口に手を当てて笑いをこらえると、いったん厨房のある奥に引っ込んだ。そして先輩とおぼしき女性を連れてくると、シートを指さし何かを訴える仕草をした。
そのときだった。そこに二人のおばあちゃんが現れ、なにやら言葉を交わしたあと店内に案内されていった。どうやら、天ざるそばと書いた主のようだ。人ごとながら、素早い解決をみたことに安堵した。
まあ、ちょっとした勘違いなんだろうが、おばあちゃんの行動から得ることもあると思った。それは、順番待ちがあるほど混んでいるのなら、名前とともに注文も書き込めば、店の回転がよくなるし、客も待ち時間が少なくなるのではないかと。
メニューを見られるようにしておき、「もしご注文がお決まりなら、お書き込みください」とコメントでも付けておけばいいのだから、それほど難しくもあるまい。また、ハイテクな世の中なのだから、専用の注文受付機を作ることだってできる。
そんなことを考えながら、美味しいお蕎麦をいただく午後であった。
おわり
注)冒頭の写真は、本文とは無関係です。