河野家四国統一記 第3話
中村御所の広間で二人の男が囲碁を打っている。静寂に包まれた空間に、石を打つ音だけが響いている。
「河野弾正少弼通直…娘婿に家督を譲ろうとする愚物、と聞いていたのですが。」
黒石を打つのは朽葉色の狩衣を着た若者。
「某も斯様に。しかし、すぐに晴通と和解し、その後は人が変わったようだとか。それから1年で伊予を統一しておる。侮りがたいかと。」
白石にて合わせるのは法体の老人。
土佐一条家当主、一条房基とその筆頭家老・土居宗珊である。房基は若年ながら、知勇兼備の大将として、累代の土佐一条家一の英傑と呼ばれている。また、宗珊は土居家に婿養子に入った身であり、房基の祖父・房家の弟。房基からは大叔父にあたる。その智謀は深く、一条家の守護神との異名をとる。
ちなみに宗珊の義兄は西園寺家の重臣・土居清良である。西園寺家は河野家に降伏。清良も幸いにして所領を安堵された、との知らせが宗珊の元にも届いていた。
「ですが、問題はここからです。通直の野心、果たしてどれほどのものか。」
房基は石を白の急所に打つ。
「いかにも。」
宗珊は白石を掴むと、
「通直が伊予国のみの安寧を望むのであれば、固いでしょうな。ですが、四国統一を掲げるならば、次に我らと対峙することになる。」
欠け目を継いだ。
「斯様に抑えねば、逆に本領まで食い破られることになりましょう。」
房基は静かに首肯する。あの時、黒瀬城を攻める軍勢を法華津峠から見た時。房基は肌が粟立つのを感じていた。侮るべきではない。本能が告げていた。
戒能通森と村上義忠は毛利元就の重臣、児玉就方(こだま・なりかた)が治める草津城を訪れていた。就方は川内警護衆を傘下に持ち、毛利水軍の要である。通森が今回、彼の元を訪れたのは、ある目的のためである。
「ほほう、ご息女を隆元様の嫁に、と申されるか。」
就方は穏やかに答える。
伊予国を統一した通直にとって、次なる目標は隣国である。讃岐を治める細川氏は応仁の乱以降の内紛で弱体化したとはいえ、室町幕府の管領を努めた名族。正面から戦って太刀打ちできるわけがない。それどころか、逆に攻め込まれる恐れすらある。となれば、当然次の目標は土佐である。しかし、房基の軍勢をひと目見た時から、一筋縄ではいかない、と通直は確信した。背後を守るためにも後ろ盾が必要である。通著が渡りをつけていた大友氏だが、最近、当主・義鑑と嫡男・義鎮との仲が悪く、家中でも家臣団が義鎮派と義鎮の弟・塩市丸派に分かれ対立しているという。いざという時には役立たないかもしれない、と通著からの報告である。加えて一条房基の妻は義鑑の娘である。いざとなれば敵対する恐れすらある。そこで、通直が目をつけたのが、毛利元就である。元就の嫡子・隆元は大内義隆の元から戻ったばかりで、いまだ独身であった。
「はい、毛利家との絆を深めさせていただきたく思いまする。」
通森はにこやかに返す。就方の兄・就忠(なりただ)は隆元の後見人の1人である。就方にとっても仲介することで家中での影響力を強めることができ、悪い話ではないはずだ。
「よいでしょう、お館様にご相談させていただきまする。」
就方は穏やかな笑みを崩さず、返答する。通森も安堵した、その直後である。
「ところで、このご息女、元は義忠殿の娘なのであろう。せっかくな事ですから、義忠殿にも何か良い話を用意しなくてはなりますまい。…そうですな。我が警護衆だけでは瀬戸内を見回るのも辛くなって参りました。この際、義忠殿の水軍衆に加えていただけませんでしょうかな。」
通森は思わず身を固くする。隣で義忠が息を飲むのがわかった。就方の川内警護衆が村上水軍に加わる、という話ではない。輿入れの条件の一つとして、村上家に毛利家の傘下に入れ、という内容だ。村上家にとって見れば、独立は保てないが、戦力は大きく増強される。河野家からは貴重な水軍衆が失われるが、毛利家と対等な婚姻同盟を結ぶことができる。しかし、
(断れば、当然のごとく破談…ですね…。)
この状況下、拒否することは難しかった。翌月、輿入れの儀が整うと共に、能島村上家は毛利家の傘下に入ったのだった。
第4話に続く
今回、全く話が進みませんでしたね…。婚姻同盟を結ぶ直前に毛利家が能島村上家を滅ぼしてしまったんですよね。ただ家臣はそっくり吸収されていたので、今回のような話があって傘下に入った、ということに。後顧の憂いもなくなったので、いよいよ一条家との戦に入ります…が、思わぬ横槍が入ります。
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