河野家四国統一記 第2話

 湯築城の広間には、通直・通宣・蘭をはじめ、河野家の主だった重臣が集まっていた。先の戦で戦死した河野晴通の葬儀の後である。

「それで、大将。たかだか城一つ落とすのにこのザマだ。まだ続けるつもりかい。」
 通直に対して厳しい言葉を投げたのは、忽那通著(くつな・みちあき)である。通直と対照的に日に焼けた黒い肌には無数の刀傷が刻まれている。河野水軍の中核をなす板島水軍を率いる大将だ。先の来島騒動では晴通の側に付いていた事もあり、晴通の戦死を深く嘆いていた。家中の意志が統一された事で通直には従っているが、憤懣やるかたないと言った様子である。その通著を見据えながら、通直は告げる。
「当然だ。ここで歩みを止めるような事が有れば、それこそ儂が殺したも同然の晴通に申し訳が立たぬ。」
 わざわざ「殺したも同然」、などと言う必要はなかった。それでも敢えてその言葉を使った。覚悟、である。通著にもそれが伝わったようである。それ以上、噛み付いてこようとはしなかった。

「さて、次なるは西園寺家ですな。」
 場が静まったのを見て、言葉を発したのは曽根高昌(そね・たかしげ)である。中予と南予の境目の曽根城を治める城主であり、河野家の重臣の一人である。長きに渡り、宇都宮家・西園寺家に対して来た事もあり、南予の豪族の情報に明るい。先の戦の八幡浜衆からの注進も高昌を通じて通直に伝えられたものである。
「西園寺家は黒瀬城を居城とし、河野・宇都宮家に備え、南には大森城を築き、一条家に備えておりました。」
 高昌はそこで言葉を切ると、一同を見回した。ここまでは皆、よく理解している。
「しかし、此度の大洲城攻めでは一条家からの援軍が来る、との情報が寄せられておりました。それに対して大森で動きがあったとの知らせはありませんでした。」
「ってことは、西園寺家も一条家と通じてた、ってことだよな。じゃあまた一条家の援軍が来るかもしれないのかよ。」
 素早く反応したのは、通著であった。しかし、
「いや、恐らく一条家の援軍は気にしなくて良いだろう。」
 そう答えたのは、戒能通森(かいのう・みちもり)である。通著とは対照的に冷静沈着に一歩引いたところから物事を見ており、その意見には家中の誰もが一目置いている。通直は頷くと、後を続けた。
「今回の一条家、西園寺家の連合は宇都宮家が中心となって起こしたものだ。宇都宮家が当家に降伏した今、一条家が西園寺家に合力する利はない。むしろ、この戦に乗じて領地の切り取りを狙っている可能性があるだろうな。」
 一条家は2年前に当主の房冬が死に、14歳の房基が後継となっていたが、むしろ領土拡大には積極的に動いている。近隣の土豪たちを小競り合いの末に下し、じわじわとその領地を広げているという。急ぐ必要があった。前回の派兵も、南予を切り取るための偵察目的であろう。通直は諸将に軍備を命じると、席を立った。
 そのまま向かったのは青海波の間である。城の西側にあり、開け放たれた窓の向こうには瀬戸内海が見える。客人との謁見の場であり、今日は村上義忠が待っていた。能島村上家の当主であり、先の後継者問題で最終的な仲裁をしてくれた、恩人でもある。
「早速だが、弾正少弼殿に相談したい事があってな。娘の事だ。」
 義忠が相談してきたのは一人娘の事を通直の養女にしたいという申し出であった。村上家は、鎌倉時代に分家したとされ、同時代に源氏についた河野家と比べても決して悪い家柄ではないのだが、その後島ごとに分家を立てている事もあり、河野家に比べると勢力は小さい。長年友好関係を結んできた義忠の頼みである。断る理由はなかった。

 数ヶ月の後、通直は諸将に出陣を命じた。黒瀬城までは曾根城より九里、大洲城より六里の距離である。進軍の途中、気になる情報が通直の耳に入ってきた。宇都宮豊綱率いる軍勢は黒瀬城を臨む高台に布陣したものの、一向に攻めかかる気配がないという。
「お手並み拝見というわけか。」
宇都宮家は傍観を決め込む、と言うことだ。無論、形勢が河野家不利となれば攻めかかる構えであろう。それでも、構わないと感じた。元より河野家の軍勢だけでも十分に与すると考えている。通直は進軍速度を早める。先鋒の通著の軍勢が西園寺家の先手を打ち破ったとの知らせが入る。先頭は軍勢を追って既に城門に達しているという。通直は500の手勢を重盛に与え、通著の後詰めに送った。そのまま、南に進軍する。目標は、大森城である。黒瀬城に救援に向かった軍が慌てて向きを変えている。その動きを、戒能重盛の手勢がうまく遮っている。通直の軍勢はそのまま、大森城を包囲する。幾度かの小競り合いの後、城側は籠城の構えに入った。しかし、守兵の殆どは黒瀬城の救援に向かったままである。陥落も時間の問題であろう。通直はしかし、どうしても不安が拭えなかった。
 弾かれたように立ち上がる。旗。下がり藤の紋が揺れている。一条家の軍勢。寡兵ながらも、かなりの圧を、その軍は持っていた。恐らく中村御所からの房基の直属の兵だろう。攻めかかられれば、通直の軍とて、無事ではすまない。睨み合いは、半刻か、一刻か、あるいはもっと長く通直には感じられた。不意に旗が動き始める。土佐へ、戻っていく。同時に伝令が駆け込んでくる。黒瀬城が降伏したという。通直は息をつくと、床几に腰をおろした。伊予統一。その志を遂げるのに1年かかった。四国統一は果てしない、夢である。だが、一歩だけ、その夢に近づいた。

第3話に続く

西園寺を倒し、伊予統一を成し遂げた河野家。宇都宮家が調略で不戦となった際にはどうしたものかと思いましたが、何とか攻略できました。次の敵は一条家。一条といえば無能の兼定が有名ですが、その父・房基はめちゃくちゃ優秀ですね。寿命が短いのでそれまで待つか、それとも獲得して家臣としてボロ雑巾のように使い倒すか…。悩ましいところですね。

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