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② 新聞記事より発見された少年死刑囚 渡辺茂(18-19)

渡辺茂の名は『刑集37巻6号』にもGHQ資料にも記載されていない。唯一の手がかりが静岡新聞になる。

静岡新聞で発見された少年死刑囚

渡部茂(20)仮名で【昭和20年9月25日の静岡新聞】に検挙された時の記事がある。渡辺の生い立ちなどは事件発生と同村に居住で三男という以外は不明だが、事件内容は同9月21日7時10分頃に静岡県志田郡葉梨村の農家の女性(58)がこん棒のようなもので殴打され殺害されているのを隣家の女性が発見し通報。上白米や蒲団が奪われ、リヤカーで運びだされ同月23日に同県西千代田町の潜伏先のK方で渡辺は検挙された。

渡辺茂のその後は同じ静岡で5人を殺害した少年に死刑判決が下された際の記事【昭和22年4月26日の静岡新聞】で確認出来る。以下が大まかな内容

「静岡地裁では最近十ヵ年間では一昨年老婆を殺害し米と蒲団を奪って検挙された渡辺茂(20)が去年4月15日に死刑判決を受けて執行が終わったのが一件ある」

この記事の年齢は当時数え年で表記するならわしであったため実際は1~2歳若く犯行時未成年の可能性が高い事になる。
伝統と現代 1983年冬 【総特集死刑】の年表の死刑確定者で『1946.静刑1』とあるがこれが渡辺の可能性?

執行日の謎

渡辺は記事によると昭和21年4月15日に死刑を言い渡されて翌年の4月25日には執行済みとの記事だが、行刑統計年報の昭和21年執行数11と昭和22年執行数12とGHQ文書の執行数は一致している。
静岡は東京管区なので仙台送りで執行になるはずだがこの期間内で宮城刑務所で執行された者に渡辺の名前はない。記事が誤報なのか?別の場所で執行されたのか?
そもそも昭和20〜22年は裁判資料も全てが揃ってるわけではないし新聞でも死刑判決すら記事にならない事が多い。今後も調査活動を続けたい。

情報提供:折原臨也リサーチエージェンシー様

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