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隣人を愛せよ

2019年の11月、
隣に引っ越してきた親子がいた。

南の島からやってきた、お母さんと息子の二人世帯。慎ましく暮らしていて、太陽のように明るい笑顔の親子だった。

お母さんはメイクがかわいらしくて料理上手で、叱るときもけして声をあらげたりしない、まあるい性格。
男の子は小学生で、
愛嬌があってまじめでしっかりもの。
うちの年少の息子ともよくよく遊んでくれた。

週末には、いっしょにお茶を飲んだりもした。
時には男の子が貸してくれたおもちゃを息子が壊してしまったり、トラブルも多少あった。

緊急事態宣言の時は、お互い口許を押さえながら(家なのでマスクしてない)、廊下で「どうなるんだろ、いやんなっちゃうね」と世間話した。

彼女達、ずーっとこのアパートにいるのかな、家賃が安いもんな、と思ってたけど
思ったよりあっさり、新しいマンションを決めてきたのだった。

また秋がやって来て11月。
秋風が吹きすさぶ夜に挨拶に来て、
おさがりのトレーナーと洗剤と餞別にクッキーをくれた。パンダのマークのトラックが来て、あっという間に引っ越していった。

昨夜遅くまでフル稼働していた、おとなりの廊下の洗濯機。
私が息子を保育園に迎えにいって、帰宅したら、洗濯機ごとなくなっていて、コンクリートの灰色の上に、排水の水がまだ乾かないで残っていた。

部屋はすっかりがらんどうだ。
あの子が飼っていたハムスターもインコも、当然いなくなっている。

これでこのアパートに住んでいる人は大家さんと私だけになった。

日が暮れた敷地内で、もう男の子の鈴が鳴るような笑い声も聞こえることはないのだと思った。料理上手のお母さんの、おいしい晩御飯の煮物の匂いも。
絵画教室をやっていると、男の子が廊下の窓からめちゃくちゃふつーに話しかけてくるのが、ほんとにウケるな。と思っていた。時には上がり込んで、生徒とおしゃべりして、日が暮れて、仕事から帰ってきたとなりのお母さんが「すみませーん、うちの子いますか?」と聞いてくることもあった。

しーんとした二階。廊下ってこんなに暗かったっけ。
ああ、
うちの電子ピアノの音量も、喧嘩の声も、もう気にしなくていいんだと思った。

おとなりさんが引っ越してしまって、
思ったよりも、がっかりしていることに気付いた。

こんな気持ちになったのは、久しぶりだった。

小さい頃は転勤族が多い地域に住んでいたので、
仲良しの子が引っ越してしまうことはしょっちゅうだった。昨日までなにをするにも一緒だった親友が突然群馬へ転校していったのも、そういえば2年生の11月だった。あの時もわたしは、さみしくなると、
空を仰いで、
今は遠くに離れてる、でも
生きてればいつかは会えるんだから、辛くない。
大事MANブラザーズもそう言ってたし。
と、言い聞かせて生活していた。

しかしながら、大人になっても、仲良しとの別れは、結構辛かった。
単なる引っ越しによる別れでも。
大人になって、電車も車も乗れるから、また会うことは簡単になったはずなのに、
メールもSkypeも発明されたのに、
目の前にいなくなっちゃうってことが、
地味に、こたえるんだな。

息子は「おとなりんち、ピンポンしていい?りゅうくんと遊んでくる」って言ってて、
引っ越してしまったことをまるで理解してないし。

あーあ。

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