無題2

ドア越しに聞こえるでかい声の言い争い。歳を重ねれば重ねるほど、その中身があまりにも不毛すぎてなんのコミュニケーションでもないことはよく分かってきた。でも私は、20代も半ばになったって、条件反射的に聴き耳を立てて心拍数が上がるのだ。十数年続いて染み付いたトラウマはそんな簡単に消えない。

何か大変なことが起こっているのでは?物は壊れてない?皿は割れてない?暴力沙汰にはなっていない?血なんか流してないよね?話はどんな方向に向かってる?悪化してる?離婚?

離婚?


離婚???

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母親と祖母の文字通り埒のあかない話し合い、ではなく言い争い。私を狂わせたいのか!!!!!!母がヒステリックに叫んで机を叩く。祖母が言い訳のようにボソボソとしゃべる。 母はますます声を荒げる。ヒステリックになる。

聴きたくないが、私の耳は勝手に研ぎ澄まされる。呼吸が浅くなる。膝を縮めて椅子に座っていたらなんだか気持ちが悪くなってきた。床に寝てみる。ダメだ。トイレに行って吐いた。もしかしたら、お昼のナスの素揚げとお寿司の食べ合わせが消化悪かったかな。そのときは思った。でもたぶんそれだけじゃなかったよ、っていまの私は小学生の私の背中をなでて言ってあげたい。

マンションのリビングで繰り広げられる夫婦喧嘩から、自分の親の親子のもめごとから、逃げて数メートル先の部屋に閉じこもったって、薄いドアの向こう側に起こってることと無関係でいられないのだ、子どもは。だけど、とりあえずどうしたらいいかはわからないから知らないことにする。聴いていないことにする。そうやってないことにした黒くて重いものは誰にも明かされない。トイレにだってそんな簡単には流されない。

ないことにしたものを抱えて、生きていく。

いつかひとりで向き合わなければならない闇を、誰のせいにもできずに。



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