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【基礎知識|ポマード|食道何分目|汚垂石】手だ。何の意味もない。

◯基礎知識

 人生における基礎知識の一つとして、排尿をすることによる身震いは、その水に保存されていた熱が逃げ、急激な体温変化を感じるからなのだが、そのアナロジーとして糞をしたあとの、というか糞をしているときの寒さを、その糞が熱を持って逃げた、と言うのは全く見当違いで、そのケツを露出して、半裸だから寒くなった、という単純な事実を確認しておかなければならない。
 なぜ、半裸になっていることを覆い隠すのだろうか、それをなぜ自分に秘密にするのだろうか
 個室の扉が薄くて、明らかにその目と鼻の先に服をしっかり着た人間がいることがありありとわかってもなお、自らの半裸状態は、ほとんど意識されない。隣の人のうめき声が聞こえたとき、そいつがただクソをしているとは想像しても、そいつがケツを出して、そしてじぶんもケツを出しているなんてことは、考えない。
ケツを出しているというワケのわからない状態の気持ちよさが、あなたの半裸状態の認識を覆い隠してしまっている。
 ありえない、あんな薄い壁に覆われただけで、もうケツを出していいなんて。
 便座はもうほとんど、樹脂製で、皮膚に近付いている。衛生陶器ならまだ冷たくて、とても生き物だとは思えないんだが、いま蔓延っている便座には、ホメオスタシスが備わっている。

◯ポマード

 左右いずれかに流した髪の毛の先端を揃えると、途端に陰毛の影が消える。
 ポマードは何も理由になっていない。そして美醜はルックス基準ではまったくなくなり、徳の大小となる。

◯食道何分目

 博多ラーメンを躍起になって消化する必要はない。吐きたければ吐けばいい。腹八分目とかいうトボけた枠を超え、腹十分目から食道何分目、というクエスチョンに取って代わる。頻尿の思考だ。膀胱は十分目、さて、尿道何分目?

◯汚垂石

 火脹れだけが着地している。裸足でトイレにいくことにはとりわけ強い嫌悪感を覚えた。男性小便器の前に煌めいている濡れた斑点が汚いものにみえた、というかそれは尿以外の何ものでもないことは明らかであり、自明に不清潔だった。十六個ある便器から一番綺麗な場所を選んで用を足した。それでもなお、汚垂石はところどころ濡れて光っており、私は注意深くそれらを避けながら足の配置を決定するする必要があった。洗面器についた赤外線式の自動水道にかざし、私の手に照射され跳ね返った波長の長い光を感じることは流石に叶わないが、どうやら裸足でトイレにいることによって皮膚上で交わされるあらゆる信号のやりとりに非常に敏感になったみたいで、泡だらけの水道の水の中の大部分のものたちが手の甲を足速に駆け抜けていくことを感じ、また数少ない泡の一軍団が目をよく凝らさないと見えない薄く細く短い産毛を伝ってゆっくりと行進するのを感じ、足の裏におそらく微量の尿と砂埃と石鹸の類を含んだ水が染み込んでいくのを感じる。私の肌がこの水でふやけたのを想像すると、何だかとても不潔ないきものに変身したように思えてきて、意味もなくいつも以上に手をよく洗った。手だ。何の意味もない。しつこく洗うその間、隣で手を洗う人間は四人入れ替わった。私の視界の端は常に隣で手を洗う人間を捉え続けていた。打って変わって痛覚は、足の裏の火脹れで収縮する、いわば陣痛的な激痛に対してかすかに鈍感だった。

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