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『つなぐPainful Hope』感想

5月は交友関係を広げたり、少し遠出をしたり、我ながら精力的な月でした。クレカの明細は見ないものとする。

月初に『つなぐPainful Hope』を読んでからというものの、ひと月丸々、桐谷遥の見せた誠実さに囚われていた。自らの過ちを真正面から背負うことは一人の女子高生にはあまりにも重く、覚悟のいる行為だ。遥の場合は仲間の、未来に拓けていた可能性を閉ざしてしまった分、尚更である。こう書くと彼女がその原因を直接作ったように思われるだろうが、あくまで間接的に関与していただけであり彼女に非があるわけではない。少なくとも僕はそう感じる。
しかし、当人がそれをどう捉えるかは全く別の話である。仲間の人生を壊してしまった遥が抱える後悔。苛まれる自意識、意思とは関係なしに震える体。国民的アイドルの座まで上り詰めていた彼女だったが、ステージに立てなくなり、ついにはアイドルを辞めてしまう。
そんなバックボーンを持つ遥だが、今回のイベストを締めるエピローグとして"変えられない過去"を背負い続け生きていく決意を語る。過去の全てを自分に必要なものだったと認識し、大切に抱きしめながらこれからを歩むこと。それは険しい茨の道に見えるが、彼女にそう思わせたのは自身の苦しみを他人の希望へと昇華させることができた経験だった。

今回のストーリーではモモジャンにオリジナル曲を書き下ろすコンポーザー、長谷川里帆が登場する。昔から遥のファンであった里帆がモモジャンにメールを送ることで物語は動き出していくのだが、彼女が正式にモモジャンからの依頼を受けた後、これまでインターネットの海に放流していた曲がインフルエンサーの目に留まりバズってしまう。
良いことのように思える(し実際良いこともある)が、しまう、と書いたのは大多数の人間が曲に触れることによる負の側面が見えてくるからだ。
これまでもそうだったのだが、モモジャンのストーリーに深く関与してくるファンたちはみな形は違えど純粋な印象がある。まるでみのりたちの想いに共鳴しているかのようだな、なんて思うのだが、真面目な人間ほど一度足を取られると絶望の泥沼にはまってしまうものだ。
今回の里帆も例外ではなく、多くの前向きなコメントの中に紛れている誹謗中傷を重く受け止めてしまい、ひどく傷ついてしまう。心無い言葉を投げかけられた里帆は、ステージに立てなくなった以前の遥のように、曲作りを続けられなくなってしまう。
そんな里帆に救いの手を差し伸べるのが仕事仲間であるモモジャンの面々であり、後にこの問題は遥一人の手に託される。

あなたは一人じゃないから。端的に言えば、遥が里帆に提示した解答はこの至極単純なものだけだった。それだけだったのだが、ファンとアイドル、あるいは仕事仲間としての関係を降り、桐谷遥個人として里帆の悩みに向き合い、寄り添う、まるで夏の太陽のような実直さに僕は目が焼かれてしまった。
こうした遥の献身的な介助により里帆は立ち直り、曲を完成させストーリーは大団円を迎える。遥が手渡した希望のバトンは確かに里帆の元へと届いたのだ。
過去の遥バナーイベである『頑張るあなたにBreak Time!』などを読んで、高校生ばなれしたストイックな女の子だな、なんて呑気に思っていたんですが、今回のイベントで桐谷遥という人間の芯の太さを、胸倉を掴まれ至近距離でまざまざと見せつけられた気分です。

また今イベの書き下ろし楽曲である『イフ』も良かった。

歌じゃ人生も何もきっと救えない でも君の為に歌いたい

イフ/ユリイ・カノン(月詠み)

結局、モモジャンが届ける希望というのはここで歌われているように押し付けがましい独善的なものでしかないし、だからこそモモジャンライクな希望を届けたいと願う里帆の曲を聞いて居心地の悪さを抱く受け手も描かれる。
それを本人たちも理解していて、なお自身の根源的欲求を満たすために歌い続ける。誰かに届くと信じて。
他者への情愛と自身の欲望が入り乱れて混沌としているひどく純粋な希望が、僕にはどうしようもなく美しく思えてしまう。ワンダショとは違った形の希望で、ニーゴとは違った形のエゴだ。
これだけストーリーを読んでおきながらモモジャンのテーマというか、彼女らが言う“希望”の形があまり掴みきれてなかったんですが、今イベを通してユニット間の差異も如実に見えてきたおかげで大分視界が開けた。
やっぱりモモジャンが歌う『メルティランドナイトメア』はメインストーリーから描かれてきた苦難の道ゆえ、ずっしりと重い手触りがあるなと感じました。セカライでの歌唱も納得だよ。

案外そんなフューチャー 先天的なフューチャー

メルティランドナイトメア/はるまきごはん


これはどうでもいい話なんだけど、今回のイベストがここまで響いているのはひとえに桐谷遥の過去に対する誠実さへの憧憬による。
こう書くとこっぱずかしいんですが、僕は器が小さい人間なので些細なミスでも認めるのは苦しいと思っていて、普段から苦虫を嚙み潰したような顔つきで渋々間違いを認め、赤べこのように頭を下げ続ける生活を送っています。惨めすぎない?
対して(まず比較するのがバカなのだが)遥は己の間違いを認め真摯に受け止めることを至極当たり前のように行うので、それはもう直視できないほどに眩しかった。
彼女はいつでも自身に妥協を許さない、下界に舞い降りた一片の穢れもない100パーセントの女の子なのだ。村上春樹の話ではない。

これまたどうでもいい話なんだけど、今回のイベストで無事桐谷遥さんのことが大好きになったのですが、キャラクターの強さだけがきっかけで好きになることって今まで中々なかったかもしれない。主に弱さに対する共感がきっかけなので。

まるで夏かと思わせるほどの猛暑が続いた5月、僕は赤々と燃え盛る炎のように情熱的な恋をした。嘘です。


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