弱者男性、初めての一人暮らしと休日
登場人物は一人、会話だって無い。だって俺は弱者男性。けど幸せが無い訳じゃない。そんな生活の一瞬を文章で書き起こす。そういう気まぐれ。
なんでそんなことするかって?一人だと写真も撮ってもらえないからな、思い出は何かの形で残したいんだよ。君にだってそういう気持ちは分かるだろう?
昼前ごろに目が覚めた。目覚まし時計を慌てて確認し、出社時間を過ぎていることに焦る。そして一呼吸置いてから今日は休日だということに気付く。新社会人になってから何度か繰り返した、休日の朝のルーティーンだ。未だになれない新しい部屋で、寝ぼけながら歯磨きと洗顔を済ませる。
カーテンを開け、空の青さを確認し、「いい天気だ」なんて口にしちゃいながら、今日が絶好の散歩日和だと確認する。新居に引っ越してきてからは積極的に散歩をするようにしてる。近所にある雰囲気のいい喫茶店、ちょっとアングラなアクセサリーショップ、いい匂いのするパン屋、散歩をするたびに発見があり、生活が豊かになる。俺は自分が思っていたよりも散歩が好きなのかもしれない。
ポケットの多いチノパン、ゆったり目で着心地のいいワッフル生地のTシャツに着替え、適当に髪を整えた。俺は360度どこから見ても弱者男性って感じだが、目立つのが嫌いだから多少服を選ぶ。センスがあるかは知らないけどね。ポケットが多いズボンを選ぶのはスマホ、財布、ハンカチ、それとエコバッグを持ち歩きたいから。長時間歩くことになるし、荷物はポケットに収めたい。買い物もするから手は空けておきたいんだ。事前の準備が大事ってこと。
早速マンションからエレベータを使って1階まで降り、自分の住むマンションの前に立った。今日は右に行こうか左に行こうか、散歩をする上での一番最初に現れる選択肢。普段なら悩むところだけど、今日は事前に決めていたから迷わず左。ちょっと行ってみたいところがあるんだ。
まだ4月だというのにうだるような暑さは嫌になるが、新しい発見を求めて俺は意気揚々と一歩目を踏み出した。
背の高いマンションに囲まれた石畳のタイルをずんずん歩きながら、町の人の様子を見る。ジロジロ見ると不審者っぽいから、ちらっと横目にね。地元では休日に人がたくさん歩いてるなんて滅多になかったから、歩行者がいるとつい気になっちゃうんだ。単に犬の散歩をしている人やカップルのお出かけだったり、人の営みを感じるっていうのは風情があっていいものだなって感じる。ただ、地元に比べてみんな歩くのがゆっくりなのはいただけない。俺はもう少しテンポよく歩きたいんだ。もう少し早く歩くか道を明け渡して欲しい。いや、よく考えると地元もみんな歩くペースはこんなもんだったか。北海道だから歩道が広かっただけかも。よく分かんなくなってきた。
しばらく歩くと、本日の目的地に到着。今日はこの市民会館のワンフロアで版画展をやっているらしい。版画展っていうと堅苦しく聞こえるかもしれないけど、アニメとか漫画のイラストを版画にしているらしい。イラスト展と何が違うのか知りたくて来てしまった。ちなみに俺は美術館とかも好きだ。芸術が分かるって顔がしたいわけじゃない、というか絵のうまい下手とか俺にはよく分からない。ただ一人で静かに過ごせて、見るものがあるっていうのはなかなかいいものなんだ。
版画展は人数制限があるみたいで、入り口で待つこと10分。スマホでSNSを眺めてたらあっという間の時間だよな。ほとんど待ったという感覚もなくそのまま入場。とりあえず予約とかはしてないから受付に来場理由とかを伝えて、入場者であることをアピールするためのシールを貰いそのまま胸に貼る。受付の隣に物販が置いてあるけど、これは帰る時に見ればいいかな。こういうのは高まったテンションで買うものだと思うしね。
さっそく展示されている版画を見てみると、入り口の一番近くのコーナーは攻殻機動隊のコーナーらしい。どうやら小学生の頃の俺が知っている版画とは違い、しっかり多重に刷られていて、色彩が豊かに立体感を持って作られている。草薙素子やタチコマたちがA2くらいのサイズで刷られている。そしてその版画の隣には説明らしき札が貼ってあった。顔を近づけてみると、どうやら値段が書いてある。正直見なければよかったと後悔する、俺の2か月分の給料くらいの金額が書いてあった。まだ初任給が入ったばかりの俺は部屋に絵なんて飾ってる場合じゃないってことだな。そのあとはフェアリーテイル、恋姫とコーナーが続き、どれも目を剥くような金額が並んでいた。なぜイラストじゃなく版画なのかっていう説明が書いてあったりもした。どうやら刷るときにラメだったり細かい材料を混ぜて使うことで、イラストじゃ出せない質感を出すためらしい。何より紙じゃない素材に対して刷ることも出来るらしく、版画特有の味って物があるようだ。偉そうに書いたけど俺は難しいことはよく分かんなかった。綺麗な絵だなぁ、って思いながら展示品を見るのも立派な楽しみ方ってな。
一通り展示品を見終え、受付の近くまで戻ってきた。気に入った版画のイラストが入ってるイラスト集を2冊購入。デッキケースも置いてあって、デュエリストの血が購入を強いて来たけど、鋼の意志で耐えてきた。知らないキャラのデッキケースを持つくらいならネットで一番のお気に入りを買う方がいいからね。冷静でクレバーであることもデュエルには必要なのさ。
購入したイラスト集ひとまずエコバッグにしまいながら、次の目的地はどうしようかなんて考える。行ったことのないところに行きたいが、普通の休日だしカラオケに行って過ごすのもいい。いくらお散歩日和と言っても正直暑すぎる。日が暮れるまでカラオケで過ごすのは悪くないかもしれない。しかし時間はお昼時、まだ朝ごはんもろくに食べていなかった。お昼を食べながら次の目的地を決めよう。よし、次の方針が決まったな。
お昼ご飯を食べる店を見定めようと歩き出したはいいが、今日はやけに人が多い。それもみんなおんなじ方向に歩いている。もしかしたら何か催し物があるのかもしれない。美味しいものが食べられたらラッキーくらいの気持ちで人の流れに従うことに。するとやっているじゃないか、お祭りが。俺は屋台で食べる焼きそばやたこ焼きが好きだ。特別感がソースの味を引き立ててくれる。違いなんて分からないけど、気持ちが大事なんだ。あまり並ぶのは好きじゃ無いから、空いてそうな屋台で焼きそばやたこ焼きが無いか徘徊してみた。なんでこう屋台ってのは混んでるところと空いてるところの差があるんだろうな。普通の店なら口コミとかもあるだろうが、屋台なんてどれも事前情報無しなのに。空いてる屋台を見つけて250円で焼きそばを買う。お祭りの焼きそばだと破格の値段だ。ラッキー。他の屋台で次にたこ焼きを550円で購入。合計で800円の昼食。まあ休日だし、少しくらい高くてもいいだよな。なんせお祭りの会場には桜まで咲いているから。一人で楽しく花見といこうか。
ちなみに俺は空いてる屋台で飯を買うのが好きだ。ただ普通に買い物しただけなのに屋台の人に「助かったよ」って顔で感謝されるから。別にいいことしたわけじゃないのに感謝されるってのも不思議だけど、悪い気分じゃない。案外俺は偽善が好きなんだろうな。
買った焼きそばとたこ焼きをぶら下げながら、食べる場所を探す。一人だと用意されたテーブルを使うのは気が引けるんだよね。こういうのはカップルや家族が幸せを共有するのに使ってほしい。というか、そういう用途で使う人が多すぎて俺には苦しい。視界に入れたくない。
ベンチを見つけたのでそこに座る。隣には知らないおじさん。お互い一人でもお祭りを楽しみたい人間なんだなって空気がある。一言も交わさず、というか声をかけても気まずいだけなので黙々とご飯を食べる。桜が、綺麗だ。春って感じ。
ご機嫌な昼食を済ませ、ゴミ箱にきちんとゴミを捨てる。こういうマナーはきっちりしないとね。俺がこれから住む町だもん、治安がいいに越したことは無いからね。
ごはんを食べて、春の陽気に当てられて、すっかり気分がいい感じ。お酒も飲んでないのにこんなに幸せになれるんだから、アルコール依存症なんて誰もなる必要ないのにな。
けど幸せ過ぎて少し散歩気分じゃなくなっちゃったから。カラオケにでも行こうかな。まだ時間は昼過ぎくらい。好きな歌を歌って、ドリンクバーでジュースでも飲んで、楽しんで、90点超えた!とかではしゃぐ、いい過ごし方。夕方くらいにはカラオケを出て晩御飯の買い物をして、仕事に備えてゆっくり寝る。うん、それがいい。散歩の予定だったけどカラオケにしよう。一人だと好きなだけ予定変更ができる。
カラオケに向かう道中で桜の写真や川の写真を撮ったりしちゃいながら、うきうきでカラオケに向かう。そんな休日。弱者男性で、ボッチで、誰とも予定なんか無いけど、俺は幸せ者だ。来週も、来月も、来年も、俺はこうやって楽しく過ごすんだろう。こういう幸せがあったっていいよな。少なくとも、俺はそう思う。
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