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「見にくい傀儡だ!」尻ぬぐいの総裁選。総裁の誰がなろうとも安倍・麻生の傀儡であり、9年間の「国家の私物化」は続く⏩まともな、政治にするには野党が勝たなくてはならない

【「見にくい傀儡だ!」尻ぬぐいの総裁選。総裁の誰がなろうとも安倍・麻生の傀儡であり、9年間の「国家の私物化」は続く⏩まともな、政治にするには野党が勝たなくてはならない】
 自民党が総裁選は所詮は安倍や麻生の操り人形になっている。
メディアは、99%の国民に関係のない選挙にもかからわず、毎日大騒ぎしている告示は17日で22日の総裁選挙にも関わらずである。異常とも取れる報道ではないか? これも自民党の作戦であり、メディアコントロールであろう。
 コロナ禍で「病気を理由」に政権を放り投げた安倍晋三や、副総理の座に居座ってきた麻生太郎が偉そうに派閥の領袖として力を行使しているのがネットを見ると丸見えになっている。
 それに対して首相になりたい河野太郎や岸田文雄、高市早苗3名は「ヒラメ化して」 この「国家を私物化してきた」元首相のご機嫌を伺っている。  それ自体、次なる総裁の誰がなろうとも安倍・麻生の傀儡であり、あやつり人形化し、自分の意志や主義を捨てて、安倍、麻生の言いなりに動く総裁にしかならない。

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【コロナ禍の政府対応に音を上げてまたもや「腹が痛い」を理由に放っぽり投げた者が、またもや、菅政権と何も変わらない構図になる】
 安倍も麻生も支持率低下で、音を上げて崩壊した政治家であるが、この二人はまたも、政界の実権だけは握るというのだから、これほどふざけた話はない。
 大物といわれるような睨みの効く先輩代議士がみな引退して、いなくなったとはいえ、自民党のなかで「引っ込んでろ!」という批判がないことの方が傍から見ていて非常に不思議に思える。
 尻拭いを押しつけた菅義偉を使いしてして、今度もまた、キングメーカー気取りなど、あまりに厚かましいではないか。
 候補者の3人。誰がなっても、それは客観的には「尻拭い選びに口を出す放り投げ」であり、結局は菅氏と同様に「安倍。麻生のコントロール総裁」にしかならな。つまり、安倍、菅の継承代表になる、自民党自体。この魔の9年間の継続を意味する。

【これに見かねて怒った元自民党の幹事長だった、小沢一郎氏が釘を刺した】
 特に、河野太郎氏の総裁選に勝ちたいがため、「時分の信念を曲げる政治家ではないか」と強い批判の言葉をぶつけていた。
 河野氏の過去の言動から、その主張は大きく変化している。
以前の持論は「脱原発」「女系天皇賛成」だったが、醜い変わりようで、街がなく、安倍氏に「忖度」しているように、変わっているのだ。
今こそ矜持を見せるべきではないかと、小沢氏は疑問を投げ掛けていた。
 共感の声がネットでもあがり、きのうのハッシュタグが #もう終わりでいいだろ自民党  であった。
 8万件以上のツイート数まで上がった。

そしてーー。

【40代の若さ自民党の幹事長で総裁選手場せず、二大政党制のために一貫して動いて来た】

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 小沢一郎氏は、40代の若さ自民党の幹事長になっており、総裁になるチャンスは何度もあった。 だが、「やりたい事がある」として、総裁選などに出馬してない。
 自民党を出た理由は、日本の政治を欧米などのように「二大政党制」にし、拮抗した支持率の元で「切磋琢磨」し「緊張感のある議論を国民にガラス張りに」し、全ての小さなメディアなども参加できりる「公開記者会見」し、国民にそのまま見せる事をずっと訴え行動してきた。
 だから、自民党の変化とともに、既得県のある官邸記者などから反感を受けてきたのだ。
自民政権に対峙できる政党を作り「豪腕」とも言われてきた。
代表的な自民党に対峙する政党は「非自民の連立政権樹立」「新進党」「自由党」「民主党」「野党再結集」などやった。 
 その考えは、今もまったくブレていない。今は立憲民主党の議員とし所属しているが、「野党共闘」を実現するために動いてきた政治家である。
 政策も、「国民の生活が一番」として掲げ、そのものは昔から変わっていないだけに、説得力がるのだろう。

きのうの #もう終わりでいいだろ自民党  のTwitterの声ーー。 

ーー延々とあるが、以下略ーー

【コロナ禍に限らず、極限状態に置かれた際の身の振り方というのは、誰しも人間が試されるものだ】
 危機なり困難を正面から受け止めて向きあっていくのか、あるいはへたれて逃亡していくのか――。
 組織であれば、最も困難な状況に置かれたなかで敵前逃亡したリーダーは求心力を失い、そのような人間には二度と力を与えてはならないという力が働くものだろう。なぜか? 組織そのものが溶解するからである。調子の良い時だけいい気になって采配を振るい、ちゃっかり私物化案件もいくつもやって疑惑を抱え、苦しくなったら何度も何度も放り投げるような者は、本来であればリーダー失格の烙印が押されて然るべきなのである。一国の政治リーダーならばなおさらだ。
 ところが自民党の場合そうした力学は働かないようで、いまだに派閥の領袖として祭り上げ、ケジメもなくキングメーカー気取りが許されている。昔の自民党だったらどうだったのだろうか? などと考えるのも野暮な話ではあるが、それほどまでに党内に渡り合える派閥や実力者がいないことの裏返しなのだろう。
与野党が拮抗した状態ならまだ緊張感もあっただろうに、「一強」などといわれて権力の座にあぐらをかいてきた間に、自民党そのものも劣化・衰退が極まったことを今日の自民党総裁選は映し出している。

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【衆院選での惨敗に脅えて自民党内のコップのなかでの傀儡争い、それはすなわち傀儡である以上「誰がなっても同じ」ことを意味している】
 河野であれ、岸田であれ、高市であれ、自民党外の外野席から見ていて大差などない。
 そして派閥に縛られない党内若手の「反乱」などといっても、所詮は「自分が選挙で当選したいという願望に駆られた焦り」でしかなく、どこまでも「自分の心配をしている」だけなのである。
 コロナ禍の国民を置き去りにしてきた者の身内が、今になって我が身可愛さで起こしている「反乱」もまた、たかが知れており、動機は「自分が落選したくない」という程度なのである。

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【政治不信を招いたのは多くの不正や疑惑の花畑だった、権力者が「自己保身」ばかりし、結局は「国家の私物化」で民主主義国家では無くなった】

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 それがこの9年間の安倍・菅政治の真髄ではないか。
 対抗しうる野党が分散して、「一強」なるものが担保され、5割の有権者が選挙に行かない状況を逆手にとったかのように安泰を貪ってきたといえる。
 こうした政治状況を乗りこえ、まともな政治にするために必要なのはなりかわる政治勢力の野党の存在であり、「顔」が変わったところで自民党は所詮、自民党はこれまでの9年とかわりない。
 ここまで、露骨にやれている「安倍・麻生」の支配を確実に国民は見ている。
 これを、止めて、国民主権を基にした「まともな政治」にするには、衆議院選挙で「野党共闘」で勝つしかない。

#自民党 #総裁選 #安倍と麻生 #候補者はヒラメ #傀儡総裁 #安倍監視内閣 #9年間の悪夢 #止めるのは衆議院選挙 #野党逆転


 


 

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