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三浦靖冬展に行って来たのこと(弌)


三浦靖冬(みうら・やすと/「靖」は正確には右下が月ではなく円)という漫画家がいる。

出逢いは神田の書店のコミック売り場だったろうか。
今時流行りのカラフルでポップな色遣いとは全く違った
「渋い」色彩と丹念に描かれた背景、そしてあどけない
少女たちを描いたオリジナル処女作品集「おつきさまの
かえりみち」(ワニマガジン)はたちまち私の心を掴んだ。
現在ヘッダにしているのはその表紙絵である。
これだけで心をグッと引き寄せられるひとも多いだろう。

──で。
中身を見てまた驚く。
しっかりエロマンガだったから(笑)
しどけない姿の少女や球体関節の「人でない者」たちが
織りなす物語は、まるでヌーベルヴァーグやATGの映画の
ように鮮烈で悲劇的で、まさに自分好みの漫画家さんが
現れたとホクホクしたものだ。

そんな三浦靖冬先生の近作が「薄花少女」(小学館サンデー
GXコミック/全5巻)である。作者初の長編連載となった
本作は、都会でひとり暮らしをしている青年、史(ふみ)の
元にどうみても小学生の少女が訪ねてくるところから始まる。
彼女は史を幼少時から世話してきた「ハッカばあや」を名乗る。
御年八十を超えるはずのハッカばあやが、なぜ小学生の姿で
ここにいるのか?
史の疑問に、ばあやはただ史ぼっちゃまのお世話がしたく、
どうしたらよいものかと悩んでいたときに、なにか有れば
これを飲めよという秘薬を飲んだら、このカラダになって
いたと説明する。
最初は何かの冗談だと思っていた史も、彼女の仕草や口癖、
なにより慣れないサイズの身体で自分のために甲斐甲斐しく
世話を焼く彼女の姿にハッカばあやを重ねるようになる。
こうしてハッカばあや改めハッカは再び史ぼっちゃまの
お世話をするようになりましたとさ、というお話。
まさに現代のお伽話のようなストーリーである。

掲載誌がコミックIKKI~少年サンデーGXだけに
これまでのような直裁的な性描写は一切ない。
だが血の繋がらない兄と妹のような関係。
愛らしい姿の中身は老婆であり、思考回路は
老人のそれといったユーモアを軸にしながら
時にそこはかとなくエロスを感じてしまう。
特に少女であり老婆であるハッカが時折見せる
女の色香みたいなものがにじみ出た何気ない
仕草や表情にドキッとすることもしばしばだ。

その一方で一種執拗なまでに緻密に描かれる
背景、人物、そして日本画の顔料がベースと
いう配色の美しさは健在である。
何気ない風景の中に史とハッカがいるだけで、
それはもうひとつの物語を読者に想起させる。
特に少女姿のハッカは自身の幼少の頃の服装
セーラー服や古めかしいデザインの子供服、
それに割烹着などを着こなす。
そんなタイムトリップ的錯覚もまた楽しい。
特に本作はこれまでの三浦作品には珍しく
ほぼ現代に近い世界が舞台なこともあって
この「見慣れた風景に昭和の少女」は
特に新鮮に眼に映る。

さて、そんな「薄花少女」全五巻は一昨年無事
連載を完結したのだが、最終巻である五巻は
昨今の出版状況等々諸事情で昨年電子書籍版
のみの発売となっていた。
書籍不況のただ中にあって、最終巻まで
出版されること自体が幸運と思える現状。
それでも最後まで紙の本が欲しいと歯がみ
しながらも、致し方なく電子書籍版を購入した
読者も多かったと推測する。

しかしこのたび、三浦先生と掲載誌サンデーGX編集部の
ご厚意もあって、第五巻を私家版として紙の単行本化する
運びとなったのだ。
カバーデザインから本文の紙質まで同じで、
既刊の横に並べても遜色ない出来となっている。
ただ、あくまで私家版であるから一般の書籍販売
ルートには乗らない、文字どおりプライヴェート
コミックスなのだ。
そしてこの私家版「薄花少女」第五巻発売を記念して、
銀座のヴァニラ画廊で原画展が開かれる運びとなった。
三浦先生の個人原画展というと青山のGoFaで二回開催
(あれ、一回はカイマン・ギャラリー?)されていると
記憶しているが「薄花少女」に関してまとめて展示
というのはおそらく初めて。
積年の三浦靖冬愛好者としては、これは旦那を質屋に
入れても観に行かねば、と展示会初日(9月7日)に
チケットを取り、意気揚々銀座へと向かった。




向かった。






──向かったのだが、ここからが長いのであった。
というわけで、次回へと続くのであるよ。

(一部修正の上再掲)



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