変革の解 三部 おまけ

カウマン通りのマキ'sバーは、いつものように客で賑わっていた。男女の楽しげな声に満たされた店のドアが開いて、黒い制服姿の青年が入ってきた。異常事態対策部隊特殊派遣員の制服だ。茶色がかった黒髪にダークブラウンの瞳、物々しい制服とは対照的に、その顔には幼さが残る。同年代平均値より低いと認めざるを得ない身長と童顔は本人も気にしているところではあった。
青年に気づくと、店長と店の看板娘であるマキがカウンターごしに声をかけてきた。
「いらっしゃい!」
「あら、いつ帰ってきたの?」
青年は「3日前」と短く応えて、いつもの店の角の席に座った。
「飲み物何にする?」
「適当に軽いので」
「アルコールは?」
「今日は少しもらおうかな」
いつものように注文すると、初めて見る女の子が目の前にやってきた。
「はじめましてーナナでーす」
「あ、この前新しく入ったナナちゃん。ナナちゃん、こちら店の治安を守ってくれる常連のエフォラくん」
店長の紹介に、青年---エフォラは彼女に軽く会釈する。
「よろしくおねがいしまーす!飲み物いいですかぁ?」
「はい、好きなのどうぞ。俺には別に構わなくていいので」
エフォラはいつものように、適当にあしらってツマミのメニューを眺め始めた。
「えー?そうなんですか?」
ナナは大袈裟に驚いて見せると、店長の方を見た。
「あーエフォラくん、女の子に興味ない疑惑があるから」
「そういうデマ流すのやめてくれます?!」
さすがに叫び返したが、店長もマキもケラケラと笑うだけだった。
「この前だって、ここの常連だって噂で面倒な事になってんのに…」
「それは事実じゃん」
「制服で来るから目立つのよ」
エフォラの愚痴に近くにいた女の子達がツッコミを入れる。エフォラが頭を抱えると、店長とマキはまたケラケラと笑った。
「あーでも制服で来てもらってるのは、僕が頼んでるのもあるからね。申し訳ない。」
店長がフォローを入れたが、エフォラはムスッとしたままだった。
「でもエフォラくんも20でしょ?そろそろ浮いた話の一つくらいないの?」
店長に話を振られて、エフォラは一瞬考えたが
「ないです。あったらこんな頻繁に来ないです。」と答えた。
「今一瞬、間があったわよ」
マキがニヤリとした。店長も同じようにニヤリとする。
「あったねぇ。さては何かあるねぇ…」
「ないですって!」
エフォラの抗議を無視してマキが推理を始める。
「彼女ができたら正直に言うと思うから…気になる人がいる、か…もしくは告白されたとか?」
「だから俺に構わなくていいんですって!」
エフォラが叫び返すと、少しやりすぎたと思ったのか、女の子達も店長も「はーい」と言って、それぞれの持ち場に戻った。
エフォラがちびちび飲んでいると、新たな客がはいってきた。
「三名いけますか?」
どこかで聞いた声がして、エフォラは入口をみた。
そして席を立った。
「店長、会計お願い」
「え?!今来たとこなのに?」
店長の声に入ってきた客がこちらに気づいた。
「あ、エフォラさん!こんばんはー」
つい先日まで、仕事で行動を共にしていた研究部の二人、リンとマディス、それともう一人は知らない女性。
(マジで来てんじゃねぇよ!)
エフォラは心の中で毒づいた。
「エフォラくんのお知り合い?」
マスターに聞かれて、しぶしぶ頷く。
「この間まで、仕事で一緒だったんッス」
エフォラの代わりにマディスが答える。三人は、エフォラの近くの空いている席に座った。エフォラは観念して席に戻る。
「あ、彼女は僕のお付き合いしてる人です」
「エリーです。マディスから面白い話を聞いたので来ちゃいました!」
マディスに紹介された女性は明るく自己紹介をした。エフォラはげんなりした顔で「はあ。はじめまして」と挨拶をするが内心は面倒な人間が増えたと頭を抱えていた。
それぞれ飲み物を注文すると、リンが身を乗り出してきた。
「その後ウィルリウナさんとはどうなんですか?」
エフォラはギョッとしてから、しまったと思った。
「どうとは?」
一旦しらばっくれてはみたが、既に動揺したのを見られている。
「エフォラさんの行くところなら、どこでも行きたいって言ってじゃないですか。その後、何も進展とかないんですか?」
リンがそういうとマキも身を乗り出してきた。
「え!何それ!初耳!!」
エフォラは頭を抱えた。面倒臭い話を面倒臭い人間に聞かれてしまった。
「ウィルルちゃん、あれから見てないんだよね。今度連れてきなよ」
「未成年をバーには連れて来れません。あの一件ティアにも怒られてるんです。」
マキが楽しそうに会話に入ってきたが、エフォラは話したくなさそうに体を縮ませる。
「エフォラくん8番さんお願いします。」
カウンターから店長の声がかかる。
エフォラはため息をついて立ち上がると、威圧的な顔を作った。8番テーブルを見ると、客の男性が店員の女性の腕を掴んでいる。
エフォラは8番テーブルまでゆっくりと歩を進めるとテーブルをバンッと叩いた。
「お兄さん、この店初めて?お店のルールがわからないなら俺が教えてあげましょうか?」
「なんだお前…………ッ?!」
男はエフォラを睨みつけようとして、その制服に気付き「ヒッ」と小さく悲鳴をあげた。異常事態対策部隊特殊派遣員。主に荒事の対処に各地に派遣される能力者の集団。見た目が多少小柄だったとしても、その制服は実力の証だ。
「ルール違反は即退店だ。会計してお帰り願おうか。」
エフォラに威圧的に見下ろされ、男は店員から手を離し、小さく「はい」と応えると、会計をして出ていった。
「ありがとうございましたー」
マスターがニコニコと男を見送る。男の姿が見えなくなると、マキは「おとといきやがれー」と楽しそうに言った。
「かっこいい」
「惚れる」
「ギャップ萌」
ナナ、リン、エリーがそれぞれポツリと口にする。
マディスは「よくわからないなあ…」と思いながら、エフォラが話していた事は一応本当だったんだなと思った。
席に戻ってきたエフォラは、「かっこいいー」「よ!治安維持部隊!」などと女性陣に揶揄われ苦い顔をした。
マキ’sバーは、また男女の楽しげな声に満たされる。
カウマン通りの夜がふけていく。


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