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俺を俺たらしめるもの

2日連続での投稿だ。今日出した記事は昨日のうちに書き始めていたから実質2日連続みたいなそんな感じだ。

高校の話からしようか。

挫折

それは明確な挫折だったと思う。というかそもそも高校に入れたことが奇跡だ。

僕は一回高校を落ちた。どう受かったかって?追加合格さ(海外の自己啓発本か)。

まぁそんなものはどうでも良い。受かって嬉しかったなぁと思うし、ネタにしたい人がもしいたら積極的に使ってほしい。

「俺の友達がさ〜w」という感じで。名前を出してくれてありがとうということでスタバのギフトでも上げたいと思う。是非、名乗り出てくれ。

たしかあのときは合格発表から次の日だったと思う。というのも先輩で追加合格をした人がいたからもしかして、とは思っていた。正直に。

そしたら8時10分くらいだったかな?当時の担任の先生から電話がかかってきた。

「長田風馬くん!旭川西高校、追加合格しました!」

そう言われたことを覚えている。うぉぉぉってなったけど、前例があったためかリアクションは少し小さめだったと思う。

とは言うものの、学校に来てくださいと言われて早とちりして行ったら早すぎた。実際かなり嬉しかったのだ。首の皮一枚つながった感覚だ。

職員室で先生方に拍手されたっけな。それは覚えている。本当に温かい拍手とはこれか、と思った。

こうして高校生活幕を開けたのである。

もう一度言う、挫折だ

そう、挫折の話だったな。忘れていた。

僕は安心して高校に入った。と思う。ただチャリで40分かかるのは面食らった。夏は毎朝汗だくになりながら通っていた。うーん、しんどかったけどそんな時間も貴重だったと思う。

そうこうしている内に高校の春休みから練習に参加していた。正直、マジできつかった。それまで受験だからといって全く運動していなかったから、全然動かない。筋肉痛で動いてくれなかった。

ただ、先輩は優しかった。その当時親に結構そういったことを言っていたらしく、安心したそうだ。当時の自分、ナイスやな。

練習が辛いだけなら、まぁ辛いけど乗り越えようという気持ちになる。ただ、レベルの差がすごかった。今も一緒に野球している人のスイングは入部したときから惚れていた。世界一キレイなスイングだと本気で思った。ただ、そういった気持と追いつくのは無理みたいな気持ちがあって複雑で難しかったかもしれない。ここらへんの記憶は曖昧だ。

何もかも上手く行かなかった

これに尽きる。僕の高校時代は、一言でいうとこれに尽きるかもしれない。勿論、素晴らしいこともたくさんあった。ただ、そういった時間にいたのが長かった。密度も時間も、自信を無くすには十分なものだったと思う。

正直、中学校まではそこそこ自信があったんだと思う。なんだかんだ試合に出ていたし、勉強だってそこそこできた。200人中最高50位くらいまでいったことだってあった。今思うと自信をなくす要素があまり見当たらない。

というのは置いといて、下手すぎる自分が嫌になった。野球では、自分の下手さが表に出る瞬間、それがすごく嫌だった。こっちを見るな、わかりきっているんだ、ちゃんとやらなくちゃならないことなんて。なのにちゃんと投げろ?できたら苦労していないと思っていた。

「お前野球辞めたら?」

何回も言われたことかもしれないけど、同級生に1年生の頃に言われたものが特に覚えている。いや、逆にこれしか覚えていない。言ったやつとは・・・これまた、たまに遊ぶような仲ではある。全く恨んでいないし、そもそもそんなに過去を遡るのは嫌いだから、今は今だと思っている。

たしかその後「お前言い過ぎだって」と言っていた先輩がいる。あ〜なんだよ「それは」って。なんて思っていたな。変な気遣いすんじゃねぇよバカヤロウと。

その状態が心地よくなっていた

正直、そのときには言語化していなかったけど諦めていたんだと思う。僕はその状況で生きていくので精一杯だった。高校生の最大限の努力だ。

たしか野球辞めたらと言われたときの帰りは死ぬほど泣いて帰った気がする。あ〜思い出したくもないな。本当に書きたくもない。死ぬほど恥ずかしい。

まぁいいや。

その他にも散々言われた。

「お前逆にメンタル強いな」

とかね。先輩たちと楽しく遊んでるときにショッピングモールであった引退した人に「下手だったもんな」って言われた。流石に堪えたよな〜あれは。

そのときに一緒にいた人たちの気遣いも気まずくて死にそうだった。

そうやって過ごしているうちに完全に自信というファクターがなくなっていた。

そもそも、元々あった事に気がついていなかったのも悲劇だったのかもしれない。なくなったことに、気がついていない。

俺を俺たらしめるもの

とにかく、ダメが普通になった。色々言われて傷ついて萎えて。それが普通になっていたし、それがある意味心地よかったんだと思う。未だ抜け出せない。

これが闇なのかと思うし、ここまで読んだ人はネガティブな文章にお腹いっぱいかもしれない。そんな人には是非スタバギフトを贈りたい。僕からの贈与だ。

でも、高校3年生のとき少しの転機があった。Twitterとの出会いだ。その当時なんの知識もなかった僕は落合博満さんの本との出会いを皮切りに、どんどん知識世界にのめり込んでいった。

だって年末年始のオフの期間、落合さんの本を読んで自主練でちょこっと実践して、その後の練習で驚くほどバッティングが良くなっていたのだから。

そのタイミングで僕は少し野球を自分の中に取り戻したと思う。当時の監督には

「お前あとは守備だな。バッティングは良いな」

なんて言葉を頂いたと思う。人に認めてもらう瞬間があまりなかった自分にとってこれ以上ないくらい嬉しかったんだと思う。自分が野球で認められる瞬間が、久しぶりに訪れたんだ。

勿論、本を読んでいる人なんて他にいなかったからめちゃくちゃネタにされた。今でもたまに言われるけど、会話に一つになれば何も気にしないからどうでもいい。

ネタにされるときに対処するのは多少面倒だったが、正直そんなのどうでも良かった。もっとうまくなりたい、もっと改善していきたい。

その成果が出たのは、高3の春だった。試合も、スタメンではなかったがダブルヘッダーの2試合目に出させてもらい、ヒット1本は打っていた。

そのお陰か、3年春にはじめてベンチ入りできた。やっと成果が出た瞬間だった。

春はフライを上げて終わったんだったかな。たしか代打で出させてもらえたはずだ。めちゃくちゃ悔しかったけど、僕がスタルヒンに足を踏み入れるというだけでとんでもない進歩だった。

その後は調子を崩したものの、最後の打席は沼田翔平投手から三振を喫し、僕の高校野球人生は終わった。

結局、僕は何に夢中なのか

それは成長だったと思う。成果も大事だ。でも成長感にとらわれていたし、今も脱却できているとは言えない。

それだ。そこを乗り越えたいんだ。正直めちゃくちゃ怖い。なんでだ、成果を目指すことがすごく嫌いなのか。

競争もあんまり好きではない。やる前から負けると思っているからだ。どうせ無理だし、マウント取られるし、惨めだし。と思ってしまう。

ここだよ。ここなんだよ。わかっている。僕はここに向かい合わなければならない。いや、わかっているけどできていないなんて結局わかっていないということなのか。

結果、成果

正直に言うと逃げたい。早く逃げ出したいと思っている。嫌だよな、そんなギリギリを強いられるのはさ。

でも価値があるのか。そうかもしれない。やる前からわかることなんてないんだよね。わかっていたら全員億万長者だ。

とにかくやる。わからんけど。頭も使う。そしてやる。第一にやって、第二にやる。それくらいの気持ちで。

俺を俺たらしめるもの、野球の人?Twitterのフォロワー少し多い大学生?noteで哲学者気取りをしている痛いやつ?

どれも正解かもね。でも、どれも間違いかもしれない。

なんだかんだ3000文字書いてしまった。感情の力は恐ろしい。僕の未来予想図はまだぼやっとしている。

少しずつ進んでいこう。

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