【マクラ落選噺1】昭島の五ェ門

高座でしゃべるにはちょっと弱いかなと思って没になった話シリーズ


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僕が小学校低学年の頃、地元(昭島)の子供たちの間でとある噂が流れていました。


「昭 島 に 侍 が い る ら し い」


今でこそ子育てに向いていそうないい町になりましたが、当時はたびたび変な人が現れていたのです。

・子供に「10円ちょうだい」と言ってきて、断ると鼻息を荒くして唾を吐くおばさん

・ピンクのボディコンを着たすね毛ボーボーの金髪オカマ(この人のことはたまにマクラでしゃべっています)

・毎日学校に来て「今日水曜日よね?」と聞いてくるおばあさん(なぜだか水曜日は現れない)

・公園のジャングルジムを「うちのマンション」と言い張る、路上生活者のおじさん


変人アベンジャーズ勢ぞろいです。

あの頃の昭島は混沌とした世界でした。


そんな中で新キャラとして登場したのが、侍。

上で挙げた先輩変人たちとは違って、奇怪な行動を取ったりはしない普通の侍です。


まぁ


普通の侍ってそれはそれでヤバいですけど。


その侍、見た目は完全にルパン三世に出てくる石川五ェ門

画像1

髪型から服装から本当にこのまんま。

おそらく木刀だけど刀も携えていました。

この格好でしょっちゅうウロウロしているものだから、すぐに悪ガキたちの標的になったのです。(悪ガキの標的になる前になぜ職質の標的にならなかったのか)


みんな侍を見つけると

「侍がいたぞーw」

「決闘しようぜーw」

「拙者って言ってみろよーw」

「タイムスリップしてきたのかよーw 今は平成っていうんだぜーw」

「おい、今日もつまらないもの切ってきたのかー?w」


などと、それはそれはいじり倒しました。


ただやっぱり侍への恐怖心もあるので、車道を挟んだ反対の歩道とか歩道橋の上とか遠くから。

ソーシャルディスタンスどころじゃない安全な距離を取っていじっていました。


しかし侍はまったく動じません。

中には遠くから声をかけるだけじゃない過激いじり派も数人いましたが、それでもまったく動じずにゆったりと歩いていました。

どれくらいゆったり歩いていたかというと、僕のおばあちゃん(当時70代)に余裕で追い越されるくらいの速度でした。

長めの横断歩道とか時間内に渡り切れていたのだろうか。


あまりに反応を示さないので子供たちも次第に飽きて、五ェ門ブームはあっという間に終わりました。

そこへ入れ替わるように子供たちの興味の対象として現れたのが、野良犬のポチ(仮名)

悪ガキたちもみんな、切りかかってくるかもしれない侍をからかう遊びから、野良犬を愛でる遊びへ移行したのです。

僕らの世界にひと時の平和が訪れました。


そんな平和が続いたある日の授業中、窓際の席のN君が


「侍だ!」


急に叫びました。

みんなが一斉に立ち上がり窓の外を覗くと、なんと侍がゆったりと校庭の中央を歩いていたのです。

先生は「みんな教室から出ないように」と言って職員室へ向かいました。


子供たちだけが残された教室内では

「侍が復讐に来たんだ!」

「からかいすぎたんだよ!」

「切られたくないよー!」

「助けておかあさーん!」

悪ガキたちが阿鼻叫喚していました。


半笑いで。


騒ぎ出す男子たちとは逆に、女子たちが落ち着き払って冷めた目をしていたのが今思うと怖いです。


侍の方を見ていると、続いてなにやら猛スピードで侍へ向かっていく影が現れました。


そう


それは紛れもなくポチ(仮名)でした。


全速力で侍のもとへ向かうポチ(仮名)


誰しもが思いました。




「ポチ(仮名)、お前は奴の仲間だったのか…!」




さっきまで冷めていた女子たちも、ポチ(仮名)のこととなったら話は別です。

心配そうに窓の外を見つめています。


そして二人…じゃなくて、一人と一匹の距離が縮まり


ポチ(仮名)の接近に気づいた侍は





「ぎゃあああああああああああああ!!!」





悲鳴とともに腰を抜かしました。

あんなに何事にも動じなかった侍が、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい慌てふためいていたのです。

ポチ(仮名)は楽しそうに尻尾を振りながら侍に飛びつき、侍は這うように逃げていきます。


誰しもが思いました。




「…なにこれ?」




最終的に侍は警察に連れていかれ、ポチ(仮名)は保護され、事件は解決。

こうして侍ブームも野良犬ブームも完全に終了となったのです。



さて、同時にふたつの楽しみを失った子供たちが次に目を付けるものはなんなのか。

それはまた別のお話で。

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