【番外編】ウルトラスチール


皆さんは覚えているだろうか?

自分が初めてトレーディングカードゲームの大会に出場したときのことを。



僕は忘れたことがない。

自分が井戸の中で粋がっていた一匹のカエルであることを痛烈に自覚させられたあの日のことは。







※この物語はフィクションが含まれています。
実在の人物・団体などとは関係ありません。



2002年11月某日



小田急町田駅から徒歩1分、踏切の正面に一軒の巨大なビルがある。



『じゃあお母さんは1階のファーストキッチンで待ってるから、がんばってね。』




僕はデュエルマスターズの公認大会会場であるアニメチェーン店『インドアーズ』を内包する物件の前まで母親に送り届けてもらった。




僕は少しだけ飽いていた。

同級生と一緒にはじめたばかりの頃は新しいことだらけで面白かったデュエルマスターズだったが

彼等が友人宅でのスマブラDXやウイニングイレブン6に興じている間に来る日も来る日も足繁く町のカードゲーマーたちが集う地区センター・児童館・ゲームショップビスコの3大トライアングルに通いつめた結果、僕と対等に戦える小学生は地元にはいなくなっていた。



そこで次は街の腕自慢の力を見に行こうと公認大会に出場を決意したといわけだ。





(さあ、いくか)




建物は少し特殊な造りでフロア1つ1つが非常に広く、一つの階に複数のテナントが設置されているタイプのビルだった。

薄暗い一階には蕎麦屋とファーストキッチンが構えられており、フロアの真ん中にエスカレーターが設置されている。

3階まで上るとやけに明るい照明のお店が見えてきた。店内に入ると・・






一面の2次元美少女たち!!



店内にはギャルゲなのかエロゲなのかよくわからない類の音楽が流れている。


※イメージ画像


小学5年生の僕はやや面食らいつつもだだっ広い店内を彷徨った。


後からエスカレーターを上がってきた中学生らしき集団がガヤガヤとフロアを横断していったので後をつけていくと隅にあるトレーディングカードゲーム売り場らしき場所にたどり着く。



その光景に僕は感激した。



デュエルスペースの約40の座席が人で埋め尽くされており、テーブルの脇で観戦している者も含めると60人以上の決闘者が一堂に介している。

いつも僕がデュエルマスターズを遊んでいる近所の地区センターのとは桁違いの規模だ。




レジの前でオロオロしていた僕に





『デュエルマスターズの大会参加希望ですかー?』




おかっぱ頭に分厚い丸眼鏡をかけた男性店員さんが事務的な低い声で話しかけてくれた。




『ハイっ!?そうです。』



大人に話しかけられることに慣れていない僕は声がうわずってしまった。



『お名前聞いてもいいかなー?』



『ワタナベタカヒロです!コロコロコミックをみて電話しました。』


『はいはいワタナベさんねっと・・予約確認できましたー。開始間もなくなのでデュエルスペースの近くで待っててくださいー。』






今日の公認大会の定員は32人とのことだった。

1週間前に大会予約の電話済みの僕は出場が確定しているが、
当日発表されるキャンセル待ちの人間も含めてのこの大人数だったというわけだ。



当時の公認大会に出場するためにはコロコロコミックの中ほどのページにある
『今月のデュエルロード開催店舗一覧』の表を見て店に電話予約する他ない。
基本は先着順だ。


デュエルスペースでは各々がフリー対戦やカードファイルを広げてトレードを行っている。


年齢層は小学生6割・中学生3割・高校生以上が1割といったところか。




緊張しつつも少し離れた場所でデュエルスペースの様子をうかがって待っていると



『それでは、本日14時からのデュエルマスターズの大会を開始しますので皆さん一旦デュエルスペースの外へご退出ください!』




先程のおかっぱの店員さんが大声でアナウンスを始めた。




『対戦組み合わせを右奥のテーブルから発表していきますので、名前を呼ばれた方は卓に着席してください。

着席次第対戦準備を進めていただいて構いません!

呼ばれなかった方は残念ながら出場漏れとなりますのでご了承下さい!

ではこちらから〇〇さんと△△さん!』




出場者の名前が一人一人呼ばれていく。




ドキドキ・・




『・・さんとワタナベタカヒロさん!』




・・最後の方でようやく名前が呼ばれた。





僕の対面に着席したのは細長い黒ぶち眼鏡にもじゃもじゃ天パの中学生?高校生?くらいに見えるオニイサンだ。




『ワタナベタカヒロです。小5!よろしく!』



僕が挨拶をすると



『高見沢崇(たかみざわたかし)。中3。敬語使った方がいいよ。』


不愛想に返事が返ってきた。






僕が輪ゴムで束ねて持ってきた自慢のデッキをポケットから取り出し卓に置く。


それを見た高見沢は軽く『フッ』っと小馬鹿にしたように鼻で笑い、『ぎゃざ』のロゴが描かれたデッキケースから赤のフォーラムに包まれた40枚の束を取り出した。




絶版になってしまった幻のスリーブ




(おいおいおいなんだよこれ?カードが赤い?・・イヤ薄い袋にはいってるのか。大会に来るような人はこういうふうにするモンなのか。)


未体験のゾーンに足を踏み入れた僕がやや困惑していると




『ハイ。』



高見沢が僕の前に自身のデッキを置いてきた。



(???)


『大会初めてなの?対戦前にお互いのデッキをイカサマできないようにシャッフルするんだよ。』




『イカサマ』というストレートな表現に多少動揺しつつも高見沢の言うことに納得した僕は自分のデッキを渡した。




渡されたデッキに素早くディール&ファローシャッフルを済ませ僕のもとに返却してくる。



僕はおぼつかない手つきで高見沢のやや分厚いデッキをヒンズーシャッフルでゆっくりと切り終え差し出した。





全員が対戦準備を終え、シールドと手札を置き終わると店員さんから大会のルール説明が発表される。




『本大会は1本勝負のトーナメントになります!
一度でも負けてしまった方は敗退となってしまうのでご了承ください。

勝った方のみカウンターに口頭で結果報告をしに来てください。

また制限時間は特に設けておりませんが極端に対戦相手のプレーが遅いと感じた場合は挙手してお知らせください。

対戦中に僕が卓を回って参加賞の『クリスタルランサー』のプロモを配布します。

・・では1回戦を開始したいと思います。デュエル・スタート!』





これがもらえただけでメチャクチャ嬉しかった。






『『さいしょはグー・じゃんけんポン!』』


パーで勝利した僕の先攻でゲームスタート。

僕の持ってきたデッキのリストはこちらだ。



地元でホーリースパークを2枚持っている小学生は僕だけだった。




3ターン目に強力な進化クリーチャーを押し付けるビートダウン。


先攻を取れたときの勝率は地元では9割オーバーだ。



そして配られた初期手札は完璧だった。



1ターン目にフィンチを置きラウラギガ召喚。


さらには3ターン目に切り札・ヴァルボーグを最速で着地させ意気揚々と



『ダブルブレイク!』



右手をピースの形にして高見沢のシールドをびしっと指す。


高見沢の行動は1ターン目はパス。2ターン目に鋼鉄の鎚を1体置いてきただけだ。








(どうだ!!)






『トリガースパゲ。ラウラギガバウンス。』




バウンス?




『あ、ラウラギガ手札にもどしてね』

『ターン貰ってドロー。チャージ2マナガイスマ。ヴァルボーグと相殺してエンド。』







・・・このとき僕はようやく相手がタダの中学生じゃないこと、そして立ち込める暗雲の影を察知した。


それは対戦相手の大会慣れした風貌や所作からでも、僕の攻め筋がキレイに躱されたからでもない。




高見沢がたった今墓地に置いたカードの正体を僕は知っていたからだ。





!!






公認大会の優勝者のみがもらえるプロモのガイアスマッシャーだ。
コロコロコミックで写真を見たことくらいはあった。






・・その後高見沢はこちらのシールドを一切攻撃してくることなくふたつ牙を含むビーストフォーク軍団+アクアガードを並べながらサイバーブレインで手札を整えつつ盤面を制圧することに終始する。



僕は盤面に置いた小型クリーチャーたち+ラルバギアでアクアガードを寝かせながらなんとかシールドを割り切るところまでは到達したものの、新緑の魔法陣でマナのホーリースパークをセットされた状態で敵の一斉攻撃を受けてあっさりと・・。



『ダイレクトで』


『・・負けました』


『じゃ、結果報告してくるね』



最強の防御トリガー。実質スパーク8枚体制。




・・・




最終的なシールドの枚数差こそほぼないものの試合内容的には大差の劣敗であることは当時の自分でも理解できた。



ゲームショップビスコでは体験したことのない神業の数々に僕は感銘を受け
僕はその後の高見沢の試合を漏れなく後ろで拝観した。




高見沢は丁寧なプレイで見事決勝戦まで駒を進める。


最後の相手は青黒のハンデスビートだ。
対戦相手の名はハセガワ。歳は高見沢を同じくらいか。

試合は序盤ゼリーワームの抜かれどころが災いし高見沢の青銅が進化できず盤面処理がもたついた。

4枚目のシールドからサイバーブレインが捲れ、ようやく進化したふたつ牙とガイアスマッシャーがカオスワームとアクアハルカスを踏んでテンポを取り返したが


返しのロストソウルで魔法陣で粘る道を断たれ2ターン後に殴り切られて高見沢の敗北。




準優勝でノープライズフィニッシュという結果だった。



が、ここでタダでは起きないこの男の恐ろしさをぼくは後に知ることになる。



『優勝おめでとう!一個だけ聞いてもいい?ハセガワくんのデッキってジェノサイドワームは入ってたの?』



闇文明最高峰のパワーライン



試合後、僕と対戦したときとはまるで別人のような明るいトーンで高見沢が対戦相手の優勝を讃えた。


『ありがとう!いや、ジェノサイドはまだ持ってなくて入れれてないんだよねー』


『そっかぁ・・途中あいつ出されたらもっとキツかったなぁ・・

よかったらおれ今ジェノサイド持ってきてるからトレードする?
おれのデッキには入らないから使い道なくて。

今日の優勝プロモのガイスマと1:1でどうかな?



『いやあ、大会優勝したの初めてだしどうしよっかな・・』



『だよねー。でもハセガワくんくらい上手ければジェノサイドさえデッキにいれれば優勝プロモなんて何枚でもとれそうだし、悪い話じゃないとは思うんだけど・・』





15分に渡る交渉の末、ガイスマとジェノサイドワームのピントレを果たした高見沢は華金にいち早く仕事を終えたサラリーマンのような後ろ姿でデュエルスペースを後にした。



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