けさのまにえふしふ84

燈(ともしび)の影にかがよふうつせみの妹(いも)が笑(ゑ)まひし面影に見ゆ(11-2642)

 燈之 陰尓蚊蛾欲布 虚蟬之 妹蛾咲状思 面影尓所見

けさのまにえふ。「燈の光に輝きつづける現実の妻の笑顔が、今面影に見えるよ」 

これいいよなあ。「ともしびに照らされてるきみのいまの笑顔が、なんだか面影のように見えるよ」だよ。ちょっち現代的じゃない?

でもたぶん元はそういう意味ではないんだろうね。「明かりを使ってみたらきみの顔がはっきり見えるよ、笑ってるのが」くらいな意味が近いだろう。

「面影」は「はっきり」だから、要は夜の逢瀬は顔も見えなかったってことよね。でも笑ってたんだから、承認されているじゃん。幸せじゃん。

ところで、うつせみって言葉は不思議よね。「現(うつ)し身」から来てるんだけど、万葉仮名の段階でもう「虚蟬」なんだ。 

セミって確かに腹部とか空っぽだけど、それが現世のリアルボディを意味する言葉遊びが、しっくりきた民族なんよね。

今回の短歌そのものが、ぜんぶはかない単語で出来てる。あと、なんでこれ寄物陳思なんだろう。

照屋へんかん。

走馬灯を見ながら思う、この時も走馬灯かと思って見てた(照屋conv.) 

(20161128)

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