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「贅沢」と「女子力」という資産

 私の余暇の過ごし方と言えば、飲み食い、落語、歌舞伎、音楽、シンセサイザーいじり、万年筆、レトロゲーム(8bit)、戦車プラモ、映画鑑賞など支離滅裂ではあるがインドア全般。

 で、共通して言えるのは「金にならない事ばかりやってる」という事だ。つまり消費行動ばかりで、例えばMBAを取ろうだとか、英会話を習おうだとか、Microsoftの検定を受けようだとか、自分を仕事面でキャリアアップさせるような事は全くやってこなかった。

 だから会社を辞める際にも「シンセ沢山持ってるし、ビジネスにつながるかなあ」という有形資産の活用をメインに考えていた。そのような中、抗鬱剤と酒でラリった頭で思い付いたのが「カレーとシンセサイザーの店」だ。
 まあまあ旨いカレーを作るんです、私は。「ソコソコのカレー」ね。だから店名は「サルタナ」に決めた。

 で、友人でもある料理のプロに言われたんですよ「その程度のカレーで、365日、寝ても覚めてもカレーの事を考えているような人の店と勝負できるのか?」と。つまり、絶対に失敗すると引導を渡された。

 うむ、言われてみればそうだ。
 ただ、東京中にマニアックなカレー屋が沢山ある中で「ソコソコのカレー」にも需要があるんじゃないか?と考えて、カレーの改良についてはあまり真面目に考えていなかった。

 しかしま、飲食店勤務経験が全くないのでバイトで良いのでどっかの店で働きたいなあ、と思っていたのだがCOVID-19の影響もあり、だいいち46歳のハゲオヤジをバイトで雇ってくれる企業なんてないわけです。

 そこで、Twitterでバイト先募集をかけたら奇特な人から連絡が貰えた。で、その後紆余曲折あり、本当に偶然なんだけど「モクテルの開発」というミッションを与えられたわけです。
 モクテル( Mock-tail )とは「カクテルを真似たもの」の意で、ザクッと言うと「ノンアルコール・カクテル」のこと。サラトガ・クーラーとかもモクテルに入っている。

 依頼内容としては「ムスリムの飲食店で出せるドリンク(ショルボット、モクテル)を開発して欲しい」ということで、ノンアルコール以外にも豚由来成分はNGとか縛りがある。
 あー、それ面白いな、と。例えば「ノンアルコールでドライ・マティーニを再現できるか?」なんてのが最終的な命題というか、不可能に挑戦するみたいな、チャレンジに値する魅力的なミッションだと思った。

 で、今やみくもにモクテルを増産している。「味噌のモクテル」まで作った。正直「寝ても覚めてもモクテルの事を考えている」状態

 参考にと思ってモクテル専門のバーなどに行き、試しに飲んでみたりする。確かにおいしかったりもするのだが、何しろ値段が高すぎる。
 普通のバーならカクテルの値段は1杯800~1,200円くらいだが、モクテル専門バーで飲むと最低価格が1,200円、1,200~2,000円程度というのが相場っぽい。

 普通の人はおそらく「アルコールを抜いているんだから、当然、通常のカクテルの方がモクテルより高い」という感覚を持っているだろう。
 ここが私にとっても頭の痛いところではあるが、実はモクテルの方がコストはかかる。
 なぜか?一つには市場が小さいので競争原理がほとんど働いていないこと
 次に市販原料の多くが「MONINなどの甘いシロップ」であり、種類が多いとはいえ限られている上にドライな原料が極めて少ないこと
 そのため、必要に応じて「原料から自分で作る」必要があり、そこにかかる原材料のコストおよび時間的コストがかなり高くなる(そこまでやっている店は数少ないとは思うが)

 例えば「ゴールデン・キャデラック」をノンアルコールで作ろうとする場合、通常であればイタリアの「ガリアーノ」というリキュールを使うが、それに該当するシロップはないので、MONINのホワイト・チョコレート、乃至はヴァニラ・シロップにスターアニスを一週間漬け込んで準備をしておく。というように、時間的・金銭的コストが必要になってくる。

 漬け込むのが良いのか、煮るのが良いのか、あるいはエスプレッソ・マシンで抽出するのが良いのか、なんていうのも正解が分からないので何度も実験していると、一つの原料を完成させるまでに軽く1万円くらいかかってしまう事だってある。

 しかし、私には「やれる」という自信がある。ドライ・マティーニまでの道はまだまだ遠いが、カクテルでも比較的アルコール度数の低いもの、つまりロングのもの及びショートでもクリーム系のものなどはノンアルコールでも再現しやすい。

 で、ここが重要な部分だが私は「ただスピリッツを抜いただけ」のモクテルは作りたくない。さらに「カクテル的でない」モクテルも、作りたくない。つまり、見た目だけで(言い方は悪いが)根無し草みたいな「単純なミックスド・ドリンク」を作ることには魅力を感じない。
 要は「カクテル文化から『逃げた』モクテル」というものをクリエイトすることには魅力を感じていない。

 しかし、そういうモクテル・バーテンダーは殆ど居ないようなのです。モクテルに関する本を眺めてみても、伝統的なレシピから想を得、それをノンアルコールで再現したモクテルっていうのは、ほぼない。

 しかし私にはそういうものを作る自信がある。

 で、その自信のバックグラウンドにあるのが、今まで「金にならない事」だと思っていた、特に「飲み食い」に関する『贅沢』というやつ
 両親が食道楽だったこともあるけれど、私も社会人になってから分不相応とも言えるようなオーセンティック・バーに通っていた。
 食べ物のほうも、蕎麦であれば神田と赤坂の砂場、並木藪、池之端藪あたりの本寸法な場所を好んでいるし、天ぷらは山の上、近藤、みかわ是山居、寿司なら小笹、懐石なら京都の美山荘、滋賀の紹福楼、京都で芝居を見る時には辻留の弁当を買ってゆく、という一介の勤め人としては身の程をわきまえない『贅沢』をしてきたので、食経験に関してもそれなりの自信がある。

 そういった経験を踏まえて「このカクテルは、ノンアルコールにした場合、こういったシロップやハーブ、香辛料を加えることで本物に近づけることが出来るんではないか?」と想像力を働かせることが出来る。
 実際、そういう工夫を駆使してオリジナルに相当近い味のモクテルを設計したこともある。

 つまり今『贅沢』という経験つまり知的資産が、仕事に活かせる環境になっている。その場をとミッションを与えてくれた依頼主とお店には感謝しかない。

 さらにモクテルに必要なものは「おしゃれっぽさ・インスタ映え・サプライズ感」だと思っていて、カクテルでもそれらが求められるのだけれど、とりわけモクテルにおいては重要な要素だと考えている。
 なぜなら、モクテルを好むのは主に女性だから(※)つまり男のように酒を好まない人が多いし、妊婦さんなどはアルコールが飲めない。女性をターゲットにした場合、先述した三つの要素が殊更、重要になってくる。

 つまり色合い、ガーニッシュ(飾り付け)、香り、提供の仕方などに「女性に好まれそうな仕掛け」をすることが大切なのだが、こういう演出には相当の向き不向きがある。

 ここにおいても、私はかなりの自信を持っている。

 なぜなら『女子力』が高いから。ハゲた中高年にも関わらず、女子力は非常に高いはず。

 元の職場でも、若い女の子から「女子力高いですねえ」、先輩からは「お前はいつもOLみたいな物ばっかり食ってるな」などとよく言われた。
 雑貨屋でちょっと良いものがあったので「お、これかわいいな」と言ってしかし買わずに素通りしたら、すぐ後ろにいた女子高生が同じ商品を見て「あ、これカワイイ!」と騒いでいて、友人に「お前のセンスは女子高生と同じか!」と言われたこともある。

 『女子力』というものも、モクテルを作る上で大切な感性(センス)になるわけで、その上でも私は恵まれていた。

 資本主義下ではあらゆるものが商品価値を持つ。
 例えが悪いが、数年前に話題になった「聴覚に障害を持つ作曲家」のように「障碍」という通常であればネガティブと思われる要素ですら商品価値となるケースもある。
 
 私が「金にならない事」だと思っていた浪費を通して得たものは、結局のところ自身の知的資産となり、それがが今まさに「私自身の商品価値」となって、また商品(モクテル)を生み出す原動力にもなっている。

 というわけで『贅沢』からの経験と『女子力』という感性は、ともに私にとって重要な『資産』だったわけだ。田舎に住み続けていたら、そんなことに気付きもしなかっただろう。
 東京に戻ってきて、さらに人との出会いから偶然にも「モクテル設計」というミッションを与えられ、初めて自分自身の価値やクリエイティビティに気が付いた。

※女性がメインターゲットという事に関しては、実は不本意であって、実は私のような「酒飲み」にとってもモクテルというのは魅力的だ、ということを提示したいが、それはまた今度

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