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第五話 役立たずの親友たち


 何の変哲もない一日。
 平日の学校の、お昼休みの喧騒の中。

「だから早く告れって言ってんのよ陽花梨!」
「そんなの今さら無理だから! タイミング完全に逃しちゃったから!」

 いつもの友達四人で囲むお昼ご飯のひととき。
 わたしの正面に座るハルが、教室内全部に聞こえるほどの声量で、わたしの優柔不断を糾弾してくる。
 あ、優柔不断を糾弾って、ちょっとラップっぽい。

「タイミング逃したって言っても、好きになったの最近なんでしょ?」
「うん、まぁ……中学の頃まで全然。というか意識し始めたの高校になってから」
「それ別の学校に通うようになってからじゃん。なら、『離れて初めて分かったの……あなたの大切さが』とか適当なこと言って押し倒しちゃえば?」
「いやいや離れてないし! 今だって毎日家に押しかけてるし!」
「……そっちに逆ギレされるのは想定してなかったわ」

 陸上部でスポーツ万能のハルが、仲間内でも一番女子人気が高い理由が、このちょっとお下品……ううん、女子っぽくないサバサバしたところなだったりする。

「ひかりんってさ、ほんっと奥手だよねぇ。クラスでも人気あるし、告白だって何度もされてるのにさぁ」

 続いて、わたしの左隣のユキが、前髪をいじりながらわたしたちの会話に参戦してくる。

「え、そうなのユキ? 陽花梨ってばそんなに……?」
「先月、バスケ部エースの立花先輩振ったって噂になってたよ? ひかりん」
「ちょっとやめてよユキ! 人の個人情報簡単に漏らすの!」

 こっちは女子力高くて女子人気低……男子によく可愛がられていて、こうして他人の告白事情をこと細かに把握している厄介……情報通のコだ。

「ね、そんなにイケメンなの? ひかりんの幼なじみって」
「……フツー」
「ならもう別にいいじゃん。告白してきた相手とかじゃ駄目なん?」
「……一途なんだよぅ」
「「(……かわいい)」」

 わたしの気持ちは、幼なじみの彼には、まったく気づかれていない。
 ……けれどこうして校内女子グループの中では、このように事細かな情報共有がなされていてしまったりする。

「だったらもっとガツガツ行こうよ陽花梨~」
「そうそう、告白が駄目ならぁ、とりあえず流れでエッチ誘ってみるとか~」
「恋のステップ三段階くらい飛び越した!?」

 ちょっと前、一度ユキの家でお泊り会やったときに、当然のように恋バナになった時にタ~君のことをぽろっと話してしまって以来、わたしの恋愛事情については、こうしてほぼ毎日の進捗報告が義務づけられている。

「おいおい、そりゃさすがにキツいって。陽花梨ってば、エッチどころかキスもしたことないんだよ?」

 はい、またしてもハルが、教室内全部に聞こえるほどの声量で、わたしの経験値の低さを糾弾してくる。
 しにたい。

「ねぇ、ひかりんってさぁ、そういうの全然興味ないの?」
「ない! …………………………………………こともない」
「“語るに落ちる”の実例を見た」
「で、でもっ、そこわたしの中で三段階くらい飛んでるから! せめて一段階めの話にして!」

 そしてさらに、二人の巧妙な誘導尋問により、今度はわたしのむっつりレベルがクラス中に共有される。
 二度しにたい。

「だってさ~、アヤちん?」
「いつもの大人の講釈お願いしま~す。アヤせんせ」
「ん~? 何?」

 そんな、もはや色々と収拾のつかなくなったお昼休みの終了一〇分前……
 とうとう、わたしの右隣で、ぼそぼそとサンドイッチ食べてた“四人組の最後の一人”に他三人の視線が集まる。

「いやだからさ? 陽花梨がキスについてどうしても教えて欲しいって言っててさ」
「言ってないし! 興味がないとも言ってないけどさ!」
「キス? キスねぇ……最後にしたの何年前だっけ?」
「な~んだ、アヤちん最近ご無沙汰?」
「ちょっと待ってアヤちゃん、それって初めてはいつ頃……」

 彼女……アヤちゃんは、四人の中でも一番落ち着いてて、ちょっと気だるげな話し方が大人っぽくって、自分の経験を語るその語り口がいちいち説得力強くて、みんなが“ある意味で”一目置いてる存在だ。

「で? 陽花梨はキスの何が知りたいって? 誘い方? 誘われ方? ヤリ方? ヤられ方?」
「だからアヤちゃん相変わらず刺激強いってば……」

 その、何もかも見透かしているような深い瞳に見据えられると、わたしみたいな、何も知らないくせに興味だけはあり余っている女子に抗う術などなくて……

「あ、あの、えっと、要するに……ファーストキスってレモンの味がするって本当!?」
「…………昭和のラブコメ漫画かな?」
「…………どんだけこのテの話に耐性ないの陽花梨」

 ……ついつい、やらかしてしまう。

「味、味ねぇ……う~ん、そうだなぁ……」

 でも、わたしがどれだけやらかそうが、何しろ経験豊富なアヤちゃんは、ちょっと頭を捻るだけで、わたしが望む答えを……

「結局、直前に口に入れていたものの影響を色濃く受けるよ? そんな訳でブレスケアとかミントタブレットとかお勧め」
「夢を壊すようなこと言わないでよ!?」

 ……望んではいなかったけれものだったけど、ほら、何かしらは答えてくれる。

「けど、それ以外だと実際唾の味しかしないよ? よく考えてみ? 自分の唾だって臭いって思うことあるでしょ? だからそんなに味とか匂いに夢持たない方がいいよ?」
「さらに追い打ちかけないでよ!?」

 ほんっとに、望んではいなかった答えだけど、ね!

 だいたい、てことは何? わたし週の半分はタ~君の家で晩御飯食べるけど、だとしたら夕食後にキスしたら、お互い同じ味しかしないってこと?
 いや、それ残念なのか安心なのかどっち?

「じゃ、じゃあ……何がいいのよキスって?」
「あ~、舌触りとか? 確かに粘膜同士の触れ合いだから結構気持ちはいいかも……」
「だからどうしてそういう方向にばかり持っていくの!?」
「えぇ? でもさぁアヤちん、自分の舌で口の中舐め回してもなんとも感じないよ?」

 あれ? でもなんでわたしの経験がないことを馬鹿にしてたユキが、共感も否定もしないで普通に試してるの?

「そこが不思議なトコでね……何が違うんだろ? 最初から中にあるモノと、中に入ってこられるモノの違いなのかな?」
「ごめんさっぱりわからない」
「なんていうか、侵略されるけど、こっちも侵略する。そのせめぎあいのスリルのせいなのか、自分の舌よりも相手の方がざらざら感っていうか、異物感がすごくてさぁ」
「いやアヤ、あんた自分から舌入れるの!?」

 あれ? でもなんでわたしの(中略)なハルが、ドン引き顔で震えてるの?

「う~ん、でも確かに、このテの感覚は、実際に経験してみないと共有できないかもね」
「それじゃ結局、聞くだけムダってことかぁ……」

 などと、結局、三人にさんざんこねくり回されたわたしは、結局なんの成果も得られないまま、この不毛な昼休みを終えようとしていた。

 のだけれど……

「あ、でも、そうだなぁ、もうちょっと具体的にイメージする方法ならあるかも」
「え? 何それ? どうやるの!?」
「じゃ、今から言う通りにしてよ?」
「う、うん……?」
「それじゃ陽花梨、ちょい口開けて。あ~ん」
「よし、そのまましばらく動かないでよ?」
ふ、ふん?う、うん
「じゃ、入れるよ? ん~……」

 …………うん?

「って、待って待って待って! 入れちゃ駄目ぇぇぇぇぇ~っ!」

 …………

 …………

 白坂陽花梨、一六歳……

 あやうく、クラスの女子にファーストキスを奪われるところでした。


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https://note.com/saranami/n/nd3a1e3495c95

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