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第一〇話 船頭多くして……

 何の変哲もないはずのない一日が始まる……

「よっ、お待たせ」
「まっ、待ってない、からっ!」

 いつも二人が通学に使っている最寄り駅。
 いつもの時間からは随分と遅い、週末の午前一〇時。

 わたしと彼は、この場所で、デートのための待ち合わせを無事に成し遂げた。

「ところでさ、俺たち隣同士なんだから家から一緒に出掛ければよかったんじゃないか? なんでわざわざ駅で待ち合わせにしたんだ?」
「それは、その……一緒に出掛けて、家族に噂されると恥ずかしいし……」
「うわ好意度ひっく!」
「本当に恥ずかしいんだってば!」

 ううん、恥ずかしいっていうのもまぁまぁ本当だけど、やっぱりデートの最初の醍醐味と言えば待ち合わせでしょ!

 約束の時間よりも三〇分も早く来て。
 ドキドキしながら佇んで。
 通り過ぎる人の視線を意識して。
 なかなか進まない時計の針を何度も見て。
 そのうち相手が本当に来るのかとか疑心暗鬼に陥ったりして。

 でも時間通りに『よっ』なんて手を振りつつ現れただけで、今までのぐちゃぐちゃな感情が全部報われたような多幸感に包まれる。

 ……まぁさっさとSNSで連絡取れば、そんなふうに不安定な気持ちになんかならないんだけど(いや既読つかなかったらなるけど)、でも今日は、この気持ちごと楽しむつもりだから。

「じゃ、行こうか陽花梨。もう開いてるだろ、遊園地?」
「う、うん……っ」

 それにSNSは……今ちょっと渋滞してるし……

 …………

 …………

『告った?』
     『まだ電車に乗ったばかりだよ!?』

 ……というわけで、わたしの初デートはすでにいつもの四人組グループチャットの監視下に置かれている。

『にしてもさ陽花梨、な〜んでそんな
 ちっさな遊園地なの?』
『そうだよひかりん。遊園地だったら、
 千葉にもっと大きなトコあるのに』
     『あ、あそこは、絶対混んでるし』

 もはや彼と一言二言話すよりも先に、三人の姦しい女子からのメッセがばんばん届いてきちゃってデートどころじゃない。
 なんて本末転倒な援護射撃……

              『それに今日は
      あの場所じゃなくちゃ、駄目なの』
『陽花梨とカレの、大事な場所なんだ?』
                   『ん』
『そっか、じゃ、頑張れ』
          『ありがと、アヤちゃん』

 まぁ、その中でも一番大人なアヤちゃんだけは、他の二人ハルとユキよりも“ほんのちょっとだけ”落ち着いた対応を見せてくれる。
 だから結局、わたしはその大量の余計なお世話メッセをスルーできずにいる。

『で、陽花梨。遊園地に着いたら、
 まずは何に乗るの?』
『それぞれの乗り物ごとに
 最適な告白シチュを伝授しちゃうよ〜』
             『そ、それは……
       ちょっとタ〜君に聞いてみるね』

「あ、あのさ、タ〜君」
「ん? なに?」
「向こうに、着いたらさ……」

       『……まずお昼ご飯食べたいって』
『まだ入場すらしてないのに!?』
          『なんか朝食べてないから
               お腹減ったって』
『ちょっとぉひかりん!
 彼氏デートって自覚なくない?』
             『そ、それはほら!
      わたしデートだって言ってないし!
     単に遊びに行くだけって説明してるし』
『……それを信じてるんだ彼氏?』
『ねぇ陽花梨、それって脈なくない?』
           『そんなことないもん!』

「なぁ陽花梨、さっきから誰とメッセしてんの?」
「そ、それはっ……お母さんから。どこ行くのとか、門限守れとかうるさくて」
「あはは、ウチとおんなじ。いつまで経っても子供扱いだよな」
「そ、そだね〜」
「あ、なら俺から言っとこうか? おばさんに」
「な、なんて……?」
「今日は俺と一緒だから、全然心配することないってさ」
「い、いいよ! そういうのっ」

『おい陽花梨、彼氏に代われ。
 ふざけんなって一言言ってやるから』
        『だからいいんだってば!』

 リアルタ〜君ネットハルの両方で『相手に代われ』と言われても、どこをどう繋げばいいのやら……
 ていうか『俺と一緒だから心配いらない』ですかそうですか……

『もういい、めんどくさい。
 今からファミレス行って告れ』
         『投げ出さないでよアヤちゃん……』
『でもさ陽花梨、そいつ全然鈍感じゃん。
 もうハッキリ言わなきゃ無理じゃない?』
                    『大丈夫!
         すっごい巻き返しの策があるから!』
『策ってどんな?』

「あ、あのさ、タ〜君」
「なに?」
「おなかすいたって……言ってたよね?」
「ああごめん。遊ぶ前に駅前の店で何か食べさせて」
「じ、実はさ……っ!」

『手作りのお弁当、作ってきた?』
      『そ、そうなの! 今朝五時起きで!』

 そう、それこそが、わたしの秘密作戦第一号。
 ……まぁ、秘密って言ったって、デートのお約束としては定番にして王道。
 けれど王道ってのは、有効だからこそ、ずっと伝わってきた策だから。

 本当なら、たくさん遊んで二人の距離がもっともっと縮まってから、おもむろに遊園地のテラス席で『じゃ〜ん』なんて言いながら広げてみせたかった。

 確かに、ちょっと段取りは変わっちゃったけれど、わたしの努力と、このデートにかける想いはきっと彼に伝わるはず……

『初デートで手作り弁当って重くね?』
               『え?』
『ん〜、手編みのセーター並みかもね〜』
          『そ、そこまで!?』
『ま、付き合ってるなら
全然アリなんだけどな〜』
『でもひかりん、
まったく意識されてないし〜。
ドン引かれる未来しか見えないし〜』
             『えぇ……』
『いや陽花梨らしくて可愛いじゃん。
 微妙に現実見えてないところとかさぁ』
            『えぇぇ……』

 わたしの努力と、このデートにかける重い……
 じゃなくて想いは、きっと、彼に……

「…………」
「……どうした陽花梨? なんか固まって」
「……タ〜君」
「お、おう……?」
「ファミレス、行こっか……」

 白坂陽花梨、一六歳……
 二人のデートは、始まる前から、前途多難です……

(了)


 漫画版はこちら
 https://note.com/saranami/n/nba8b4776acb8

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