第一六話 想定外なダブルデート
何の変哲もないお盆近くの昼日中。
雲一つなく、そして気温も今年最高を更新した、絵に描いたようなプール日和。
という訳でわたしと彼は、先日に交わした約束通り、泳ぎにやってきました~!
天気ヨシ! 新しい水着ヨシ! 色んな覚悟、全部ヨシ!
今日こそ足が吊ったふりをしてドキドキ人工呼吸イベントだ~!(死なない程度に)
……などと、さんざん意気込んだりシミュレーションを繰り返したりしたというのに。
「いっや~、ホント偶然。まさかプールで白坂と再会するなんて!」
「うんうん、高村君も! 中学の卒業式以来だよねぇ」
「あ~はい、うん、そうだね~」
「ぉ、ぉぅ……」
今、わたしたち“四人”がいるのは、何の変哲もない喫茶店。
はい、諸般の事情により、プール、一時間で出てきちゃいました~!
「にしても白坂、前からだったけど、またすっげぇ可愛くなったよなぁ。中学の時に撃沈した俺の目は間違ってなかったわ~」
「ちょっと俊哉! 目の前の彼女ガン無視で他のコ口説く普通?」
「は、はは……」
「…………」
今、わたしとタ~君に親しげに話しかけているのは、大して親しくない、同い年のカップル。
そう、わたしたち待望のプールデートは、中学時代の、“ちょっとワケあり”同級生カップルに悪夢の再会を果たしたことで、こうして喫茶店でのダブルデートに姿を変えてしまったという訳。
ちょっとややこしいから説明しておくと、彼氏の水沼俊哉君は、中三のときの“わたしの”クラスメイトにして、卒業式の時に、わたしに告ってきた三人のうちの一人。
とはいえあの時は、別にタ~君のことを意識して、とかそういう理由ではなく、ただ恋愛にまったく興味もなく、新しい高校生活への期待だけに胸を膨らませていたわたしの、当然の帰結みたいな“ごめんなさい”だったっけ。
「高村君は……あんまり変わってないね。あ、でも背は高くなったかな?」
「千由紀も! お前いつもよりテンション高いぞ」
「いや、まぁ……俺は相変わらずだよ」
「…………(ず)」
で、水沼君よりも問題なのは、こっちの……こちらの、松山千由紀さん。
彼女は逆に、中三のときの“タ~君の”クラスメイト。
そして、『すっごい人気がある訳じゃないけど、クラスに一人か二人くらいは常にファンがいる』タ~君の、中三の時の、その一人。
まぁ、当時は『ふ~ん、そうなんだ~』くらいの感慨しかなかったけれど、時が経ち、自分の気持ちが劇的に変わった今となってはそうはいかない。
とっくに飲み切ったアイスコーヒーの、ほんの少し溶けた氷を音を立てて吸いながらも、警戒と威嚇の視線を彼女から外したりはしない。
「にしても、松山と水沼が付き合うなんてな……」
「そうそう、中学の時はほとんど接点なかったもんな。俺と千由紀」
「一度も同じクラスになったことなかったよね~、俊哉とは」
「…………(ずず)」
そうよ、なんでよ!
なんであんたたち、余り者同士でさっさとくっついてんのよ!
わたしなんか、わたしなんか……
小学校の時からずっと一緒で。中学も二年まで同じクラスで。
それでもまだ、キスもしてないっていうのに!
「今は同じ高校なんだっけ?」
「うん。で、入学してすぐの頃、クラスの中、結構同じ中学で集まっちゃってさ、そん時からなんとなく」
「最初は“ウチの中学にこんなのいたっけ?”程度だったけどね~」
「…………(ずずず)」
しかもあんたたち、なんでそんな“思い出に変えるまで”が速いの!
それってわたしたちに振られてからすぐ付き合ったってことじゃん!
「って千由紀、お前、ほんっと遠慮ねぇなぁ」
「だぁって今さらじゃんねぇ。もう初々しい時期は過ぎたわ~」
「あはは……まぁ、傍から見ててもお似合いだし、いいんじゃないか?」
「…………(ずっ)」
にしても……
彼は……タ~君は、こういう時、大人の対応するなぁ。
いつもは、どっちかというと社交的なのはわたしって言われてたのに。
今の自分は、四人の中で一人だけ、身の置き場をなくして、こうして“わたしがなりたい友達みたいなカップル”を、ただ指をくわえて見てるだけ。
「けど、やっぱそっか~、高村」
「え? 何が?」
「何がじゃないよぉ、やっぱり白坂さんと付き合ってたんだね。あの頃から」
「……!?(ぶほっ)」
とかぼ~っと眺めてたら、いきなり飛んできた流れ弾が喉につまった。
「まぁ、中学の時から噂あったし、今さらかよって感じもあるけどさ」
「でも白坂さん人気だったから、あの頃はなかなかみんなに言い出せなかったんだろうね」
「ちょっ、ちょちょちょちょちょっ、待って、それは……っ」
喉の奥に流れ込みそうになってしまった氷を必死に口の中で転がしながら、わたしは慌てて、勝手に決めつけてしまいそうな勢いの二人に割り込む。
わたしたちは中学時代には全然付き合ってなかったし。
なんなら情けないことに今も付き合ってないし。
その気があるのは一人だけだって。
ほぼ毎日のように家に押しかけたりしてるし。
こうやって一緒にプールに出かけたりするし。
なんなら今日はこの後、近所の縁日に行く約束もしてるけど。
でも、その気があるのは一人だけ、なんだって。
……あ~、考えたら泣きたくなってきた。
ていうか、それ口にしたら泣いちゃうな、多分。絶対。
でも……
「別に、俺たちのことはいいよ。今日はお前たちのこと、もっと話してよ」
「タ……夕くん?」
そんな“あらぬ誤解”をかけられても、今日の彼は動じない。
柔らかな表情を崩さず、決して動揺を見せず、常に相手を立て。
そして、肯定も否定もしない。
まぁ、二人とも、わたしたちにとって微妙にややこしいいきさつのある相手だし。
ここで派手に否定して、“そしたらわたしたちなんだったの?”みたいな流れになっても更にややこしいし。
確かに今の彼の対応が、一番正しい選択なのかもしれないけど。
でもなんだろう? どことなく、違和感。
今の彼の表情は、なんとなく、顔に無理やり貼りつけた笑顔、みたいにも……
「いいじゃん話してよ高村のことも。やっぱ中学の時から? それとも俺たちみたいに、高校で同じクラスになった感じ?」
「え? ううん、わたしたち、高校……」
「ほんっと高村君頑張ってたもんね。白坂さんと同じ高校、受けちゃうんだもん。内申点的にはかなり厳しかったのに」
「……ぇ」
「……っ(がりっ!)」
今の氷を噛み砕く音は、わたしじゃなかった。
わたしの隣の、さっきまで“笑顔で取り繕っていた”ひとのものだ。
「へ~! 無理したんだなぁ高村! でもよかったじゃん報われて」
「ねぇねぇ、あそこって結構校則緩いんでしょ? どんな感じか教えてよ」
…………
…………
その後、四人で何を話したのか、あまり覚えていない。
だって、聞いてない……
なにそれ、聞いてないよ……?
中三の時、彼と同じクラスだった松山さんは知っていてもおかしくはなく。
彼と違うクラスだったわたしは、知らなくてもおかしくはないこと。
ひとあし早く推薦で受かってた、わたしが通うはずの高校を。
彼が、不利にもかかわらず、強引に受けていた、ってこと。
けれど今、わたしたちは、違う学校に通ってて。
それはまぁ、最初から彼の第一希望だったって、“今までは”聞いていて。
「…………」
「…………」
彼の横顔が、明らかに動揺してる。
顔じゅうに、汗と、脂汗と、冷や汗の全部が浮かんでる。
でもわたしは、そんな彼の焦燥感を。
たぶん、全然、違う感情で受け止めて……ううん、受け止めきれずにいる。
白坂陽花梨、一六歳……
いやちょっと待って!
わたしたちこの後、家に帰ってから浴衣に着替えて縁日行くんだよ!?