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第一八話 なんにもない一日、な~んかあるかもしれない二人


 何の変哲もない一日。
 ……というにはまだ半分しか終わっていないお昼過ぎ。

「あ、タ~君おかえり」
「いや早いよ陽花梨!」
「そりゃ、始業式なんだもん。お互い午前中だけでしょ」
「ま、そりゃそうなんだけど……」

 いつもわたしが入り浸る彼の部屋。
 とはいえ、今はまだ、午後一時をちょっと過ぎたあたりの、真っ昼間。

 というのも、世間はもう九月……
 始業式である今日、わたしも彼も、学校からは午前中にお役御免と相成っていたのでありました~。

 そう、わたしや彼にとっても、色々あった夏休みは終わった。
 ……とはいえ、夏はまだ終わっていない。

 最近、どんどん暑さが前倒しかつ後ろ倒しになっているこの日本。
 九月初旬の気温は、まだまだ余裕で三〇度を超えていたりする。

「にしても、や~っとエアコン直ったんだね~」
「夏休みの間、地獄だったもんな……」

 でも彼は、今は恍惚の表情で、モーター音とともに風を吹き出すエアコンの前に立ち、その冷気を服の中に招き入れている。

 結局、七月中旬に故障したエアコンの修理は、業者の手配がやっとついた八月の終盤までかかってしまった。

 そのため八月は、この部屋に入り浸ることがほとんどできず、彼と一緒に過ごすときは、主に屋外へ出かけることとなっていた。

 ……いや、たとえ暑かろうが汗まみれになろうが、彼と一緒にこの部屋で過ごすことは、わたし的にはポジティブだったんだけど。

 ただまぁ、毎回毎回、エロ漫画みたいな妄想一四話みたいなやつに侵食されちゃってたら、わたしの脳がもたなかったしね。

「ところで陽花梨」
「ん~、なに?」
「俺、今から着替えるんだけど……」
「あ、お構いなく~」
「いや、それは……」
「え、なに?」
「……なんでもない」

 ……ん~?

 あれ? なんかいつもと違わない?
 わたしの軽口に、彼の軽口が帰ってこなかったような……?

 いつもなら、『覗くなよ~』、『するわけないって~』って流れが、なんか途中で変なふうに途切れたような……?

 おっかしいなぁ。
 いつもわたし、“いつも通り”をめっちゃ意識して、頑張って同じリアクションを繰り返してるのに。

 シミュレーション通りならこの後、彼の『はぁ』ってため息が聞こえるはずなのに。
 聞こえてきたのは、戸惑い混じりの『はぁ』って吐息だった……気がするんだけど。

 なんだ? どうした?

「なぁ陽花梨、久しぶりの学校どうだった?」
「う~ん、あんま変わってなかったかな……」
「ふ~ん」

 と、ちょっと首を捻りそうになったけれど。
 でもすぐ、彼からちゃんとそれっぽい軽口が飛び出したんで、そんなちょっとした疑問はすぐに頭の片隅に追いやる。

「ほら、いつもの四人組は夏休み中もちょくちょく会ってたし」
「お前そういうとこ陽キャだよな」
「ていうか、変わってないのはわたしたちもだよね~。夏休みだって毎週のように遊んでたし」
「っ……そう、だな」

 ……んんん~?

 あれ? やっぱりちょっと違わない?
 わたしたちの会話、なんだか弾まなくなってきてない?

『いやお前となんて小学校時代から何一つ変わってないだろ』
『った~! それ言っちゃこの話おしまいじゃんタ~君』
『あはは、悪い』

 って、わたしが描いた未来図どうした?
 今日はシミュレーションの精度悪いなぁ。

 なんだろう? うまく行かない……
 今日のわたし、知らないうちに彼を苛つかせてる?

「そ、それでタ~君は? 久しぶりの学校」
「いや、俺もなんもなかったけど」
「ほら、夏休みデビューしたコとかいなかった? 髪染めてきたり、ピアスつけてきたり、急にクラスメート同士で付き合ってたり」

 そんな噛み合わなさに、ちょっと焦ってしまったわたしは、この微妙な空気を強引に修正しようと、自ら会話のイニシアチブを取りに行く。

 ネタは自分で選んで、彼が乗ってくるまで何度も軌道修正して、とにかく、のべつまくなしに喋り続けて……

「あ、そういえば……」
「ん~? なになに? なんか雰囲気変わったコとかいた?」
「知り合いの後輩のコが、なんか新しい彼氏と一緒に登校してた……」
「…………ぇ」
「えっ」

 ってせっかく決意したのにいきなり凍った~!

「そ……………………そのコ、って……………………」
「あ、いや陽花梨の知ってるコじゃないって。同じ中学おなちゅうじゃないし、一コ下だし」

 いいえ存じてますともきっと!

 だってそれ絶対、関さんでしょ!?
 夏休み前一二話にタ~君が振った、ちょっとメンヘラ入った(※個人の感想です)後輩のコ!

「で、でも……わ、わたしそういうの聞きたいな~!」

 うんめっちゃ聞きたい!
 あのコが完全に安パイ化したのか、詳しく細かく確認したい。
 もはや微妙な空気感とか噛み合わない会話とかどうでもいいくらいに!

「いや、さすがになんか……悪い、ちょっと口滑った。忘れて」

 そんなわたしの、あまりに食い気味に来た追及に、また彼は委縮してしまう。
 ちょっと気まずそうに、わたしと顔を合わせないよう背後にぺたんと座り込むと、誤魔化すようにスマホを弄り始める。

「ね~ね~ね~、いいじゃんいいじゃん! 詳しく話してよ~」
「って、おい! ちょっと!」
「その女の子ってどういう関係? “新しい彼氏”って言ったよね? もしかしてタ~君の元カノ?」

 けれど、そんな彼の逃げも、今はわたしの好奇心(と焦燥感)が上回る。
 背を向けた彼に、いつも通り、自分の背中を押しつけて、追及の手を緩めない。

「ほら~、白状しろ~。後輩と付き合ってたんでしょ~」
「だからやめろって……」
「え~? なんでなんで~?」

 そう、“いつも通り”だ。
 いつも通り、『幼なじみの馴れ馴れしさ』で突っ切ろう。
 それで、彼が本当に怒り出したら、いつも通り、『やっだも~冗談じゃ~ん』で逃げ切ろう。

 でも……

「な、なぁ、陽花梨……」
「ん~?」
「ちょっと……近いって」
「またそうやって誤魔化そうとする~」
「いや、マジで、さ……」
「…………」
「…………」

 やっぱり今日は、“いつも通り”には、遠すぎる。

 これは、いつも通りのわたしじゃない。
 ううんそうじゃない。わたしはちゃんと、いつも通りにしようとしてる。
 いつも通りの、彼じゃないんだ……

「……悪い、今日、ちょっと」
「……ううん、わたし、ウザかったね。ごめん」
「そうじゃない。そうじゃないんだって」
「……タ~君?」

 まるで、なにかを、意識、してるみたいな。

 二人きりで、部屋にいて。
 背中と背中をくっつけあって。
 異性の話を、して。

 夏休み前には、そんな反応、なかったのに。
 ううん、夏休み中だって、なかったのに。

 あ、でも……
 わたしたち、夏休み中は、ほとんど、“本当の二人っきり”にならなかったっけ。

 毎週のように遊んでたけど、プールだったり、花火だったり、常に誰かの目があるところばかりだった。

 ……いや、待って?
 そんな、たかが二人きりになったからって、そして、ちょっとセンシティブな話題になったからって、今さら“わたしに気のない”彼が、そんなことで意識するなんて、ある?

「…………」
「…………」

 背中が、熱い。

 どっちが……どっちの背中が熱いの、かな?

 エアコン、直ったなずなのに。
 だから、わたしの、そして彼のこの熱さも、冷めるはずなのに……

 …………

 …………

 白坂陽花梨、一六歳……
 と、高村夕、一六歳……

 その後、おばさんが夕食の時間を告げるまで、一言も言葉を交わしませんでした。


漫画版はこちら
https://note.com/saranami/n/n0741a27681e9


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