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第一五話 セレブでセンチなお泊り会
夏休み中ってこと以外は何の変哲もない、七月も終わりに近づいたある週末の夕暮れ。
「お~、かっわい~陽花梨!」
「うんうん、めっちゃ似合ってるよぉ、ひかりん」
「そ、そう……?」
お馴染みクラスメイトのハルとユキが、いつにも増してハイテンションで、わたしにスマホのカメラを向けて何度もシャッターを切る。
……いやまぁ、正確に言えば、わたしの“水着姿”に、だけど。
雲一つない快晴で、やっぱり死ぬほど暑かった今日の昼間に、いつもの親友四人組でショッピングに出かけ、何時間もかけて水着を選んだ。
まぁ、水着を買うにはちょっと遅いというか、そろそろシーズン終わりという時期ではあるものの、今はとにかく緊急の需要が発生したので背に腹は代えられない。
で、買い物から戻ってきたら、早速ひとんちのリビングで、こうして戦利品のお披露目会が始まったって訳。
けれどそれは、わたしだけのファッションショーではなくて……
「あ、でも、ハルもユキもイケてるよ? とても衝動買いしたとは思えないくらい似合ってるって!」
「いや~ほんっと馬鹿やった。今年これで三着目だよ」
「つぃつぃひかりんの熱気にあてられちゃったよねぇ」
そう、みんな、わたしの水着選びにあ~だこ~だ言ってるうちに、我慢ができなくなってきちゃって、各自、わたしそっちのけで自分の水着を選び始めて……
で、今この場で、全員水着姿で撮影会という、なかなかにシュールな光景が繰り広げられていたりする。
そう、ハルもユキも、そして……
「ね~みんな、なんか冷蔵庫にワインあったけど飲む?」
「全員未成年だからねアヤちゃん!?」
この部屋の家主であるアヤちゃんも、黒のビキニ姿で右手にボトル、左手にグラスという、偏ったコンセプトの飲食店店員みたいないでだちで、キッチンの奥から出てきた。
「にしても、アヤの家ってほんっとお金持ちだね」
「そぅそぅ、こぉんなリバーサイドのタワマンとか、初めて上がっちゃったよぉ」
そう、今わたしたちがいる場所は、都内のとある川沿いに建てられたタワマンの、結構上の方の階の3LDK。
リビングの窓からは、下を流れる川や橋やクルーズ船が一望できる、『人生何回ループしたらこんなとこに住めるの?』みたいな超豪華物件だった。
「いや、そんなに威張れるようなところじゃないし」
「でもアヤちゃん、実家はまた別にあるんでしょ? ここって別荘みたいなもの?」
「まぁ、もともとは、父親が愛人を住まわせてたらしいんだけど、母さんにバレたせいで空き部屋になっちゃってね」
「さらっととんでもない家庭の事情暴露しないでよ!?」
いや、そんな特別な不動産を持つには、こういう類の“人には言えない事情”というのが必要なんだなと痛感しました。まぁ人に言っちゃったけど。
「でもまぁ、こうしてお泊り会やるには最適でしょ? それに“今夜”は特にね?」
と、セクシーにウィンクすると、アヤちゃんはグラスをリビングのテーブルに置き、ワインではなくジュースのペットを開け、袋菓子の封を次々と開いていく。
そう、わたしたちは今日、昼はみんなでお買い物、夜はこのまま彼女の部屋で夜通しの女子会という、まさに夏休みならではの特別なイベントの真っ最中。
『せっかくの夏休みなんだから、一日くらいは彼氏よりも友達取りなよ』
……なんて、まるでわたしが万年色ボケ女子高生みたいな失礼な誘い文句を断れるはずもなく。
いや、だって、ほら、このコたちだって彼と同じくらい――いや、まぁ、そこは比較するものじゃないということで――大切なんだから、ね?
…………
…………
「で、例のタ~君との“ひと夏の経験”はいつ? どこで? どのように?」
「だからまだ全然決めてないってば。ていうかハル、それ元ネタわかって使ってるの?」
「やっぱプールじゃなくて海がいいよひかりん。海が見えるコテージで二人きり、沈む夕陽を眺めながらなんてさぁ」
「いやそもそも泊まりで海に行ける時点でこんな事態になってないから!」
リバーサイドタワマンのリビングでピザとお菓子を囲んでても、わたしたちのやってることは、いつもの学校のお昼と何も変わらない。
それは、もはやこの四人の恒例行事となった、わたしの片想いについての進捗報告会と、わたしのチキンぶりを糾弾する反省会。
……まぁ、パーティ中もみんな相変わらず水着のままというのは、女子“だけ”会ならではだとは思うけど。
「とにかく、夏休みもあと一月。この間に決めちゃいなよ陽花梨!」
「ハルっちの言う通りだよ。そろそろ妄想じゃなくて本物のノロケに飢えてきたぁ」
「いやだったらあんたたちが彼氏作ればいいじゃん……」
食べて、飲んで(ジュースを)、喋って、笑って……
外は、夏の長い昼が終わり、ようやく陽の落ちた空が、街の明かりに照らされて……
「さ~てと、宴もたけなわではございますが」
と、そんな感慨に浸っていると、家主のアヤちゃんが、突然、部屋の明かりを消し。
「じっかんっだよ~」
そして、窓の外を指差すと……
突然、わたしたちの視界いっぱいに、色とりどりの閃光が弾け。
その数瞬後に、いくつもの爆発音が連なる。
「うわあああ~! すっご~い!」
「マジで目の前だ~!」
「た~まや~!」
そう、今日の一番のメインイベントは、これ。
この部屋の窓から見える、どころか、目の前の川で行われている、年に一度の、大花火大会。
「ねぇねぇ、バルコニーから見ようよ!」
「ちょっとハル! その格好はマズいって!」
「女子高生四人が水着姿でバルコニーに出て花火見てたら、テレビ中継に抜かれちゃうよねぇ」
その、光と音のページェントに大興奮したハルが、水着姿のまま窓を開けようとする。
必死に止めてはみたけれど、けれどわたしも、ハルと同じくらいに、今すぐ飛び出していきたい気持ちを抑えきれない。
「ほら、みんなこれ着てけばいいじゃん。さっき買ってきた、お揃いのやつ」
「あ」
「あ……」
「あ~っ!」
と、そんな皆の抑えきれない衝動をとっくに察していたかのように、アヤちゃんが買い物袋から取り出したものは……
…………
…………
「やっば、ほんっと目の前。鼓膜破けそう」
「か~ぎや~!」
リバーサイドのタワマンの、結構上の階のバルコニーで……
欄干に寄り添って、頭上の花火を見上げている女子四人。
……水着の上に、浴衣だけ羽織った、ちょ~っとマニアックな出で立ちで。
「綺麗だね~、アヤちゃん」
「ほんっと、クソみたいな部屋だけど、たまには役に立つ」
「も~、またそういうこと言う……」
ハルとユキは、一つ一つの花火をいちいち指差して大騒ぎしてる。
わたしとアヤちゃんは、左からその喧騒を聞き、正面から花火の爆発音を受け止めつつも、なんとか互いに聞こえるくらいの声で、言葉を交わし合う。
「でも、ま……」
「ん~?」
「友達と、夜通しお喋りとかさ……たまには、ううん、そこそこ、こんな日があっても、いいなぁって」
「でしょ? でしょ~? これからも、またやろうね? アヤちゃん」
ちょっとだけ、現実から離れた非日常。
ちょっとだけ、日々の悶々を忘れさせてくれる、非日常。
たまには、ううん、そこそこはあってもいいと思える大切な日々。
「けど陽花梨はさ、来年は、彼と二人で見れるように頑張りなよ?」
「ヤだ、こんな人混み。二人きりならもうちょっと静かなイベントがいい」
「ぜいたく~」
「あははっ」
白坂陽花梨、一六歳……
彼のいないこんな日でも、たいせつなひと夏の経験、してました。