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第三話 エロゲーで見た


 何の変哲も……なくはない一日。

「タ、タ~君……起きなよ?」
「ん、んぅ……」

 場所は、幼なじみの部屋。
 時間は、平日の朝七時を、ほんのちょっと過ぎたあたり。

「そろそろ起きないと、遅刻、しちゃうよ?」
「もう五分……ほんのちょっとだけ……」

 つまりそう、今のわたしは、『朝寝坊の幼なじみを起こしに来た女の子』という、神に選ばれた人種なのだった。

 …………

 …………

 え~と、時をほんの一〇分ほど前に戻すね?

 今朝、わたしが登校しようとしたときにお母さんから、『これ高村さんちに持っていって』と、おすそわけを託された。

 それを渋々(内心はさておき)お隣さんに届けようと高村家の玄関を開けたところ、ちょうど廊下では高村のおばさんが、『ちょっと夕! いつまで寝てるのよ~!』と、二階に向かって怒鳴っている真っ最中だった。

 朝の忙しさに修羅場っていたおばさんは、『ちょうど良かった陽花梨ちゃん! あのコ全然起きてこないの! ちょっと起こしてきてよ!』とわたしにとんでもない丸投げをして、自分はさっさと台所に戻ってしまった。

 それは、普通に考えればまぁまぁ理不尽なお願いではあったけれど、でも、週の半分以上、夕食を振る舞ってもらっている『第二の母』のお願いを断れるはずもなく……

 こうしてわたしは今、彼の部屋の、彼のベッドの中の、熟睡する彼の前にいる。

「……………………っ! ふぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 って、ちょっとこれいいの? ベッドシーンだよ!?

 百歩譲ってそれが誤認識だとしても、美少女ゲームのお馴染みシチュエーションだよ!?

 普通、こういうことやる幼なじみってフラグ立ってるんだよ?
 普段はつれない態度を取ってたりとか、逆に弟扱いしてたりとかケースバイケースだけど、ただ一つ共通するのは、主人公の男の子のこと大好きなんだよ!?

 ……はい共通してます返す言葉もございません。

「さ、さ、さて……」

 などと今さらひるんでいたところで話は始まらない。

 とにかく、大恩ある高村のおばさんのたっての頼みなんだから、きちんと、そつなく、完璧に応えなくちゃならない。

 そう、『おばさん人の願望を読める超能力者なの?』などという疑問はこの際横に置いておこう。

 と、というわけで、それじゃ……
 きちんと、そつなく、完璧に、彼を、起こしてみせましょう。

『え~い! 起きろぉぉぉぉ~!』
『うわっ!? 寒っ!』
『ほらいい天気だよ~! さっさと起きなさぁぁぁ~い!』
『や、やめっ! 陽花梨! 布団返してぇぇぇ~!』

「……う~ん」

 うん、違うな。
 これは世に言う“世話焼き系幼なじみ”のやり口だ。

 こうして起こしに来るのは日常茶飯事。それどころか朝ごはんだって作ってあげて、一緒に同じ学校に登校して、口には出さないけれど実は主人公のことが大好きな……

 はい、わたしの場合、最後のを除いて該当しません。

 という訳で、このシチュエーションで攻める訳にはいかない。
 彼は布団をはぎ取られた寒さではなく、普段のわたしとのあまりのギャップに風邪をひくに違いない。

 と、なれば……
 こういうのでは、どうだろうか……?

『ね、ねぇ、起きて? タ~君』
『すぅ……すぅぅぅぅ……』
『起きないとぉ……』
『ん……?』
『……キス、しちゃうぞ?』

「ふぅぁぅぁぁぁぁぁぁ……っ!?」

 なんか変な声と汗出た!?

 これは駄目だこれは。こんな台詞、口に出すのは恥ずかしすぎる。
 無言で行動に移さないと……じゃなくて!

 そうそう、これ“とっくに付き合ってる系幼なじみ”のやり口じゃん!

 とっくに告白されて、とっくに校内でも公認で、朝から晩まで一緒で、『こらくっつきすぎんなよ!』『だってぇ~!』みたいな痴話喧嘩だかイチャイチャかわからないのを毎日垂れ流して周囲をイラつかせる、当然主人公のことが大好きな女の子。

 ……はいやっぱり最後のを除いて該当しません!

 これは駄目だこれは。
 やっぱりシチュエーション先行で考えちゃいけない。
 そもそも、『わたしはどのタイプの幼なじみなのか?』というのをしっかりと定義してから攻めるべきだと認識しました。うん。

 ……となると、そもそもわたしの『幼なじみタイプ』ってなんだろう?

 付き合ってはいない、一緒に登校どころか同じ学校にさえ通っていない。
 向こうに意識されてない、けれど逆に、拒絶されてもいない。

 しいていえば、空気風幼なじみ。
 ちょっと虚しいけど、そんな呼称がよく似合う。

 ちなみに実は幼なじみのことが大好き。うん、そこはぶれない。
 そういうポジションだと、ええと……

『すぅぅぅぅ……』
『ん、んぅ?』
『すぅ、すぅ……』
『って、陽花梨ぃ?』
『ん? あ、タ~君おはよ~』
『って、お前また俺のベッドで寝やがって……』
『だってぇ、お越しに来たらタ~君気持ちよさそうに寝てるんだもん』

「う、うん……これなら」

 ちょっと距離感がバグってる感がしないでもないけど(……ちょっと?)、まぁこれが一番妥当かぁ。

 でもこうなると、会話よりも重要になってくるのが、どうやって最初のシチュエーションに持ってくるか、だろう。

 そもそも、彼のベッドに潜り込むには、まず掛け布団を上げて、わたしが入り込むスペースを確保しなくちゃならない。

 となると当然、隙間から流れ出る冷たい空気により、彼が寒さで目覚めてしまうリスクがある。

「ふぁぁぁ……あれ? 陽花梨、なんでこんなとこに?」
「あ~ごめんタ~君、今ちょっと考え事してるから話しかけないで」

 それを回避するには、やはりスピードしかない。

 掛け布団を上げたら、空気が入り込むよりも先にわたしの体を素早く滑り込ませる。
 そして冷たい空気をわたしの体温で相殺し、彼に温度変化を感じさせない。

 ……しかし、急ぐあまりに彼に密着し過ぎたら、わたしの心がもたない。
 彼に体温が伝わり、けれどわたしの鼓動や吐息が伝わらない、そんなギリギリのさじ加減が重要だ。

「なぁ陽花梨、着替えるからそっち向いたままでな~」
「話しかけないでって言ったじゃん」

 あ~でも、こんな千載一遇のチャンスに、スピード感とか距離感とか、そんな細かいことにこだわってていいんだろうか?

 今重要なのって、わたしのことを彼に、タ~君に意識してもらうことじゃないの?

 ちょっとした事故だって、後から振り返れば、バカバカしくも大切な思い出のイベント、なんじゃないの?

 うん、決めた……

 出たとこ勝負で行こう。
 全力で、ぶつかろう。

 思いっきり布団を跳ね上げて、思いっきりベッドに潜り込んで、それで彼が起きちゃっても、こっちは思いっきり寝たふりをして誤魔化そう。

「……で、さっきから何してんのお前?」
「それはもう、色んな状況に対応できるように、頭の中で様々なシミュレーションを……」
「ふ~ん、大変だな。じゃ俺、朝飯食ってくるから」

 よし、シミュレーション終わり!
 それじゃ実践と行きましょうか!

 …………

 …………

 白坂陽花梨、一六歳……

 その後しばらく、誰もいないベッドの上で、羞恥のあまり悶絶してました。


漫画版はこちら
https://note.com/saranami/n/n70f251b821bd

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