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第九話 幼なじみのアドバンテージ

 何の変哲もなかった一日……
 のはずが、ついさっき、大変なイベントが起こってしまった午後十一時半。

「う~ん、どこにしよう? 近所の公園? 中央公園? ショッピング街? 水族館? 動物園? 植物園? プラネタリウム? 美術館? 図書館? ゲームセンター? ボウリング場? カラオケ屋? 遊園地? スタジアム? 映画館? コンサート会場?」

 それは、彼と今週末出かける約束をしてから、たったの三〇分後……

 『早くお風呂に入りなさい』ってお母さんに怒られ、火照ったままの体を42度のお湯に沈め、余計に火照ってしまった深夜の浴槽の中。

 のんびり湯船に浸かっているはずなのに、頭の方がぐるんぐるんでのぼせそう。
 それでも必死に脳のリソースを振り絞って、週末のデートの計画を立てようとしてる。

 そもそも彼に『どこに行きたい?』って聞いたら『ん~、どこでもいいよ』って、晩御飯のおかず聞かれて言ったら絶対にお母さんに怒られるベストアンサーで答えてきたのが一番の問題なんだけど。

「やっぱここは、幼なじみのメリットを最大限に活用しなくちゃ!」

 そうだ、他のライバルたちにわたしが勝る特徴といえば、それ幼なじみしかない。
 まぁ彼を巡ってのライバルがいるって話は寡聞にして聞かないんだけどね。

 となると、もしかしたら一見いちげんさんな場所は避けた方がいいのかも。
 わたしと彼の、二人きりの時間の中で、一緒に見て思い出に刻まれた景色。
 思い出して懐かしさと優しさと、愛おしさがあふれ出るようなエピソード。

「……出かける時はたいてい親が一緒だったぁぁぁ~!」

 確かに、小学校の時はよく土日に一緒に遊びに行った。
 公園だって遊園地だって、海だってプールだって、スキーだってスケートだって。
 ……そう、ぜ~んぶ保護者つきで!

 ウチのお母さん、今も昔も土日だけはお休みだから、お出かけってなると張り切っちゃって、いっつもタ~君のお母さんと一緒に、わたしたちそっちのけでお喋り三昧……

「っ……そ、そう……実質二人っきりだったじゃん!」

 でも、少しずつ記憶の霧が晴れていくと、一度台無しになったはずの、過去の賑やかな景色が少しずつ変わっていく。

 わたしの視界にお母さんたちの姿はほとんどなくて、そこには彼の、幼くて、結構引っ込み思案で、まだ男の子だなんて意識どころか理解もしていなかった姿が浮かんでくる。

 そう、例えば、近所の公園。
 ベンチで話し込むお母さんたちを放っておいて、二人で走り回った芝生の広場。

 その真ん中に大きな木があって、そこで二人の身長を刻んだっていう、まるでどっかの美少女ゲームみたいなベタなイベントが……

「って、小五までわたしの方が身長高かったぁぁぁぁぁ~!」

 そうだ、背比べの話なんかしたら、彼のコンプレックスを刺激してしまうかもしんない。

 何しろ小学生の頃のわたしの発育はよかった。
 背が高くて、活発で。だから男の子の中に混ざっても負ける気なんかしなくて。

 いや自慢じゃないよ? 今じゃこっちがコンプレックス抱えちゃってる過去なんだから。

 で、逆に彼の方は、わたしどころかクラスの平均身長以下で、しかもすっごい大人しい性格で、二人で遊んでても、わたしの後ろを黙ってついてくるみたいな感じで……

『っ、ぅ、ひっく、ひぃっ』
『も~、タ~君ってば、なんであんなの怖がるかなぁ?』
『だって、だってぇ……あいつ、いきなり出てくるんだもん……っ』
『あんなの、一人で森に行ったら襲われるフラグだって決まってんじゃん』
『知らないよぅそんなの……僕、こういうの見たことないんだもん』

 そう、一緒にホラー映画を見に行けば、彼の方が先に泣き出してしまって。
 わたしは逆に、先の展開を正確に予想して備える、ちょっとひねくれた子供だった。

『あれ、タ~君歌わないの?』
『僕は……人前で歌うの、恥ずかしいし』
『え~? じゃあなんでカラオケなんか来たの~?』
『そりゃ、だって、陽花梨ちゃんが行きたいっていうから……』
『あのさ~、そういうことは先に言おうよ? 歌わないってわかってたら、わたしだっていろいろ考えたよ~』
『う、うん……ごめん』
『じゃ、一時間で抜けるから……それまでタンバリンよろしく~!』

 カラオケとか、ボウリングとか、自分から何かをプレイすることは苦手で。
 わたしは、人に見てもらったり聞いてもらったりすることが大好きな……ほんっと~に、当時の彼とは正反対な、完全に相容れない子供だった。

「うわ、駄目だ、駄目だぁ……」

 『幼なじみのアドバンテージ』を生かそうと、昔の思い出に絡めたデートプランにしようとすると……

 どうしても、『幼なじみのデメリット』が一緒についてきて、台無しにしかねないデートプランになってしまう。

 ていうか、子供の頃のわたしって、彼に対して酷くない?
 自分のやりたいことばっかりで、趣味を押しつけて、彼が怖がっていたり嫌がっていてもお構いなしで。

 ……でも、あの頃の二人って、ずっとそうだったんだよね。

 彼は、タ~君は、ほんっと~に、弟みたいな存在だった。
 中学を卒業するまで、ううん、一年前まで、男のコだなんて、意識しようのない、純粋な、幼なじみオンリーの、ひとだった。

「な~んであんなヤツ……ぷっ、あははっ」

 その台詞を口にしかけて、つい笑いだしてしまう。

『な~んであんなヤツ、好きになっちゃったんだろう?』

 だってほら、これって、ラブコメ作品の定番台詞だよね?

 映画でもドラマでも。漫画でもアニメでも。子供の頃はいつも『あ~くるぞくるぞ?』って、ひねくれた心で身構えてた。

 だからわたしは、ずっと、そのシーンの、本当の魅力を……
 心躍ったり、ドキドキするような感覚を、味わえなかったんだ。

「あはは、あはははは……はは、はぁ……」

 じゃあ、今は?

 こうして、一人の男のコに恋した、今は?

 彼のことを、これだけ考えて。頭を使って、気を使って。
 彼に気に入られたくて、そのためには自分を変えることも厭わなくて。

 でも彼に、ありのままの自分を受け入れて欲しくて。
 そんな二律背反を抱えたまま、空回りしっぱなしの、わたしは……

「なぁ~んで、あんなやつ……好きに、なっちゃったんだろう、ね~」

 こんな定番台詞が、染みてくる。

 今までなら、画面や紙の中の誰かが口にするだけで笑っちゃっていたその台詞が。

 今は、自分が口にしているのに、なんだか涙が溢れそうになる。

「よし……っ」

 決めた、デートのプラン。

 『幼なじみのアドバンテージ』は、使う。
 そして、『幼なじみのデメリット』も、厭わない。

 等身大の、自分でいよう。

 子供の頃の、彼を弟扱いしていた自分も。
 今の、彼の目もまともに見れない自分も。
 全部まとめて、デートに持っていこう。

 大丈夫、大丈夫……

 だってそれでも、今の彼なら、わたしの等身大を、上回ってくれる、はずだから。

 …………

 …………

 白坂陽花梨、一六歳……

 生まれて初めて、好きなひとと、二人きりのデートに、行ってきます。

 …………

 あ、あと、当然のようにのぼせました。


  漫画版はこちら
https://note.com/saranami/n/n649845ab0ae8

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