第二〇話 はじまりの学園祭(前編)
九月下旬の土曜日。
予報ではちょっとだけ降水確率高いけど、今のところはなんとか持ちこたえているお昼過ぎ。
「さ~いらっしゃい! カップル限定リアル脱出ゲーム、やってま~す!」
「ライブは二時から開演で~す! 第一体育館でお待ちしてま~す!」」
そう、今日は、我が校の学園祭が開催される、特別な週末の一日!
校内では、様々なクラスや、部や、有志が、あちこちの教室や屋外やステージで、バラエティとネタと熱気に溢れたパフォーマンスを演じ、あちこちで歓声や笑い声、あるいは悲鳴なんかが上がっている。
さて、そんな中、帰宅部で、バンドや劇団を組んだりするほど課外活動に熱心ではないわたしこと白坂陽花梨は、唯一所属している二年C組の出し物に参戦していまして……
「お、お帰りなさいませぇ、ご主人様……っ」
「お、おう……」
その出し物とは、二〇年前くらいから秋葉原的な場所で流行り出し、順調にオタク文化に定着したメイド喫茶。
この提案は、クラス内でも男女、陰キャ陽キャ様々な意見が出て激論が交わされたけれど、まぁ毎年どこかのクラスが開催しているという安定感と、可愛い制服着たがる女子と着せたがる男子の利害の一致により、残念ながら採用された。
そう、残念ながらと言う通り、わたしは反対票に一票を投じたのだけど、今こうしてヒラヒラのメイド服に身を包みフロアに立たされている。
しかも、フロアに出て記念すべき最初の接客対象というのが……
「ほ、本当に来たんだタ~君……」
「いや、陽花梨が招待してくれたんだろ」
「だからってクラスに来てとは言ってない……っ!」
わたしの、なけなしの招待券を渡した相手、だったりして。
わたしがフリーだった午前中には『わり、寝坊した』とかメッセ送ってきただけのくせに、午後になってシフトに入った途端に現れるなんて、それなんの嫌がらせよ?
そして嫌がらせは彼一人にとどまらず……
「あ、あれが……例のタ~君っ?」
「ちょっとぉ、見えないよぉハルっち~」
「学祭で彼氏見せびらかすとか空気読めよ陽花梨の奴……」
「……それはさすがにどの口が言ってんのぉ?」
バックヤードから、まるっきり空気を読まない邪魔者二人の無遠慮な品定めの声が、ハッキリとこっちの耳に届く。
けれど今は、そんな気恥ずかしさや戸惑いに振り回されている場合じゃない。
そう、仕事だ仕事!
まずは彼を、窓際の席へと案内し、ナプキンと食器をテーブルに配置。
そして、とびきりの笑顔。
「ご注文はアイスコーヒーセットですね? それでは、ごゆっくり~」
……と同時に、一瞬でまわれ右したわたしは、ダッシュでバックヤードに駆け込み……
「ど、どうしようハル! 彼にわたしの恥ずかしいところ見られちゃった!」
「どうしようじゃね~よこの裏切り者!」
ちょうどその場に一人取り残されていた我が友の胸ぐらを掴み、激しくゆする。
けれどハルは、わたしのそんな切羽詰まった様子にも、いつも以上にふてくされた態度で突き放してくる。
「なんでっ!? 今まで告れ告れってさんざんうるさかったくせに、なにその手のひら返し!」
「あたしはな、目の前で友達が延々と男とイチャイチャしてんのを笑顔で見届けられるほど人間出来てないんだよ! いつも通り、チャンスにあたふたして結局失敗する陽花梨が好きだったんだよ!」
って、うっわ~、頼っておいてなんだけどクズだこいつ。
友達関係見直そうかな?
「なのにさぁ、わざわざ学祭にまで一人で会いに来てくれるって、これもう確定演出じゃん。返事確かめるまでもないじゃん」
「そ、そう……? やっぱ、そうだよねぇ?」
でもまぁ、何だかんだこうして冷静で的確な判断力を持っているところは認めてあげてもいい。
「……ま、それはともかく、わざわざ来てくれた彼氏ほっぽっといていいのか?」
「あ、そうだ忘れてた。ハル、アイスコーヒーワンプリーズ」
「はいよろこんで~……と、それより先に、アレ剥がしておいた方がいいぞ?」
「アレ?」
と、ハルがカーテンの隙間から、窓際の、彼の席の方を指差すと……
「へ~、キミがひかりんの~」
「は、はぁ……?」
「うんうん、なるほど、こういうタイプか~」
「あ、あの、君は……?」
「あ~気にしないで。ひかりんの親友ってゆ~か、毒見役ってゆ~か~」
「お待たせしましたアイスコーヒーです~! ほら帰るよユキ!」
いつの間にか、彼のテーブルの向かいに、お客様のように勝手に座って事情聴取モードに入っていたユキの首根っこを引っ掴むと、バックヤードに引きずり込む。
「って、あんた何やってんのよユキ~!」
「う~ん、まぁ、ひかりんの言う通り、フツーって言えなくもないけど、全然悪くないってゆ~か、むしろ許容範囲ってゆ~か~」
「ってそんなこと聞いてない!」
それはそうと高評価ありがと!
でもこれ以上の接近は許さないから!
「にしても、二人とも邪魔ばっかりしないでよ。ほんっと、肝心な時に使い物にならないんだから~」
「それは、なぁ?」
「使い物にならないというより、使われたくないとゆ~か」
「あ~もうっ、こんな時一番頼りになるアヤちゃんはどこいったの~?」
「そういえば、さっきまでいたのにな」
「いっつも、役に立ってるふりして巧妙にサボるよねぇ、アヤちん」
こういった不測の事態に備えて四人全部同じシフトにしたってのに、二人は役に立たないわ一人は消えるわ……
今日もまた、ハルの期待通りに、あたふたして結局失敗する予感しかしない……
「ま、それはそうとさ、どんな感じなわけ? 今日のプラン」
「えっと、えっと、シフト上がったら、着替えて合流して、色々回って……」
「で、肝心の告白のタイミングは?」
「後夜祭のダンパで……」
「ま、そこしかないよな~」
「あれ完全に告白イベント用だもんね~」
夕方、全ての出し物が終わった後に行われる、体育館でのダンスパーティ……
本来は、招待客が帰った後に、在校生だけで実施されるイベントなんだけど、まぁそんなルールは“生徒の都合上”全然守られてない。
「で、陽花梨。もう誘ったのか? 後夜祭」
「まずはシフトが終わるまで待っててもらう交渉を……」
「そこもまだなのかよ……」
そう、さっきの計画はいつも通り、わたしの脳内にしかない。
その計画通りにコトを遂行するには、いつも以上にわたしの交渉力と調整力と、そして勇気が必要になるに違いない。
「でもさぁひかりん、もう彼、帰っちゃったみたいだよ?」
「……ぇ?」
……などと、高いハードルを見上げて決意を新たにする前に。
わたしの希望の礎は、あっさりと吹き飛んでいった。
…………
…………
窓際の席には、いつの間にか、もう誰も座っていなかった。
テーブルの上には、空になったアイスコーヒーのグラスと、封を切られたシロップのカップ。
そしてナプキン。
「まだ一〇分も経ってないのに……」
「ま、ジロジロ見られて居心地悪かっただろうしね~」
「誰のせいだ誰の」
ううん、二人のせいじゃない。
わたしの、せいだ。
彼が、来たのに。来てくれたのに。
なのに、いつも通り、緊張して向き合うことができなくて、彼をほったらかして友達とばかり話して……
「と、とりあえず、メッセで連絡とってみれば?」
「駄目だよ。シフト中はスマホ、ロッカーにしまってあるし」
「うぅ……」
結局、いっつもこうなんだ……
イベントだからとか、チャンスだからとか、そういうの関係ない。
告白なんて、いつでもできるのに。
特別な時しか成功しないって決めつけて、しかもそのチャンスが消えてしまった時に、なんとなく、ほっとしてしまう自分がいけないんだ。
こんなんじゃ、いつまで経っても……
「あれ?」
「どしたのハルっち?」
「このナプキン……何か書いてある」
「ぇ……」
けれど……
彼が座っていた席の、テーブルの上に、残されていたナプキンの裏……
『陽花梨へ。シフト終わったら連絡して。待ってるから』
「っ……」
「……ぉ~」
「……ぃぇ~ぃ」
インクがちょっと水で滲んでて、読みにくくはあったけど……
でも、そのくらいで彼の気持ちを読み違えることは、あるはずなかった。
…………
…………
白坂陽花梨、一六歳……
今日、告白します。
たとえ、何があっても、します。
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