第一七話 ちょっと足りない告白
ここにいるたくさんの人たちにとっては、心弾む夜。
けれどわたしたち二人にとっては、重苦しくのしかかる夜……
きらびやかだけど、どこか懐かしい明るさ。
騒がしくも、どこかあたたかい人々のざわめき。
わたしたち家の、すぐ近所でやってる縁日。
わたしは浴衣姿。彼は昼と同じ私服。
それは、お昼のプールデート(※個人の感想です)の続きっていう、心躍る展開。
なんだけど……
「えっと、それでさ、陽花梨……」
「う、うん……」
二人の雰囲気は、まるでお通夜のようで。
話は弾まないわ、屋台じゃなくて足元ばっかり見てるわ、そのせいで何も買わないわ。
そんなだから、人混みの中を、どれだけゆっくり歩いても、すぐにやることも話題も尽きてしまい……
で、さすがにその雰囲気に耐えかねた彼が、『ちょっと話そうか』って、人混みからちょっと離れた、林の中へとわたしを連れ込んだ。
「昼のことだけどさ……」
「は、はぁ? 何のことだっけ!?」
「俺の、高校受験の時のこと」
「あぁ……」
……普段なら、彼のこんな積極的な行動に、色々とあらぬ妄想を膨らませてしまうわたしでも、さすがに今夜だけは、そんな呑気な白坂劇場は始まらない。
「落ちた」
「え?」
「受けたんだよ、陽花梨の高校……」
『白坂さんと同じ高校、受けちゃうんだもん』
お昼のプールで偶然出会った、中学の時の同級生に告げられた、今までまったく知らなかった、(わたしにとっては)衝撃的な一言……
「で、当然のように落ちた……まぁ、全然成績足りなかったから仕方ないんだけどな」
それを彼は今、わたしの目の前で、結構あっさりと認めた。
……まぁ、それまでに多分、六時間以上の葛藤があったんだろうけど。
「そ……っか。それは、えっと。その、何て言ったらいいか……」
「あ~、別に今はそんな気にしてないぞ? あれからもう一年以上経ってるし、今の学校だって楽しいし」
そうか……本当なんだ。
でも、それって、やばいなぁ……
だって、そのことが本当だって知ってしまった途端、聞きたい、知りたいことが怒涛のように、わたしの中に押し寄せてくるんだもん。
なによりも、『どうして?』って、聞きたい。
それももちろん、落ちた理由じゃなくて、受けた理由。
けれど……高校受験の失敗って、相当にデリケートな話だよね。
“ただの幼なじみ”が根掘り葉掘り聞いていい話題じゃない、と思う。
特に、わたしみたいに、推薦でさっさと受かってしまった人間が聞くのは、デリカシーがなさすぎる。
でも……
聞きたい、聞きたいっ、やっぱり聞きたいっ!
タ~君、わたしがすでに受かってたって知ってたよね?
もし受かったら、同じ高校に通うってわかってて受けたんだよね?
そのことが、嫌じゃなかったの?
ううん、嫌じゃないどころか……
「でもそれより、受けた理由知りたいって思うよな……」
「っ……」
顔に出たっ!?
まぁ、めっちゃ物欲しそうな顔してた自信あるしね。今のわたし。
「まぁ、理由はいくつかあるよ……あそこ、偏差値高いし、家から近いし、制服のデザインもいいし、校風も自由だし……」
「……あ、あ~、確かに。わたしもだいたいおんなじ感じ、だったかな」
「……なんて、そんなこと、聞きたい訳じゃないよな」
……また、顔に出た?
ちょっと拍子抜けしたような表情、読み取られちゃったかな?
そう、今、彼が言った理由は、“あの学校を選ぶ理由”ではあるけれど。
でも、“わたしと同じ学校を選ぶ理由”じゃない。
彼は、わたしがそれを知りたがってるって、気づいてる。
そして今の言葉で、彼は今、認めたんだ。
“わたしと同じ学校”というのが、目指す理由の一つではあったことを……
「俺は、俺はさ……」
「ぁ……」
彼の目が、わたしを正面に見据える。
その表情は、とても真剣で、そして緊張してて……
「俺は、あの頃、陽花梨に……」
「っ……」
その緊張が、すぐにわたしにも伝染して。
そしてわたしも、すっごく真剣な顔を作って、すぐに聞けるはずの彼の次の一言を、一日千秋の想いで待ち受ける。
「ずっと、追いつきたいって、思ってた……」
「…………」
それは、わたしが本当に求めていた答えじゃなかった……っていうのは、わかるよね?
でも、そのときわたしが感じたのは、落胆……というのとはちょっと違った。
結構、驚きというか、意外というか。
想定していなかったけれど、別に求めてた答えって訳じゃなかったけれど。
でも、知りたくないことでも全然なくて。
「だって俺、何一つ陽花梨に勝てなかったじゃん……勉強も、運動も、人付き合いも、何もかも駄目で。結局、中学の三年間で、抜いたのは身長だけ、でさ」
彼がわたしに、コンプレックスを感じていたなんて。
「あの頃の陽花梨はさ、よく笑って、いつもみんなの中心で、男前で」
「……ちょっと待って最後のって褒めてる?」
「あはは……今はそういう感じじゃなくなったってのは認めるよ」
ライバルみたいに、思っていたなんて。
「でもあの頃は、俺は陽花梨のこと、そういうふうに感じてたんだよ」
わたしを、昔から、意識してた、なんて……
「だから、勝ちたかった。せめて、追いつきたかった……黙ってて、ごめんな?」
縁日の喧騒が、すごく遠くに聞こえる。
わたしの心が、とても澄み切っていくのがわかる。
「別に、タ~君が謝ることじゃないよ」
「でもさ……」
「まぁ、そりゃ、言ってほしかったってのはあるけど。でも、言わなかったから不誠実だとか、嘘つきだとか、そんなことは思わないよ」
「そ、そう……?」
「だって、話しにくいこと、だもんね?」
わたしにとって、一〇〇パーセントの答えじゃなかった。
けれど、それはすごく、すごく……
わたしにとって、大事な言葉、だったから。
「えっと、俺、全部の気持ちは言ってないかもしれないけど、今言ったことに、嘘はなに一つないから」
彼が、わたしの、ほんのちょっとの未練を知ってか知らずか、ま~た思わせぶりな捨て台詞を吐いてくる。
「話してくれてありがとう、タ~君……とっても、嬉しい」
「陽花梨……」
でも、ま……
今日のところは、ここまでにしておいてあげよう。
「わたしを、ライバル視してくれてたことも」
わたしを、意識してくれていたことも。
「そんなわたしに、辛いことを話してくれたことも」
わたしに、気持ちを伝えてくれたことも。
「そんなことがあったのに、今でもわたしと友達でいてくれることが、本当にうれしい」
わたしを、“少なくとも友達としては”好きでいてくれることも、本当にうれしい。
うん、これで、よかったんだ。
もし、彼がわたしと同じ学校に通っていたら。
そしたら、わたしの気持ちはこんなふうに変わっていなかったかもしれない。
あのとき、彼がわたしに好きだと言ってくれてたら……
あのときの、彼曰く“男前”だったわたしは。
恋なんて意識したこともなかったわたしは。
彼の告白に、首を縦に振らなかったかもしれない。
だから、今がある。彼のことを大好きになった今がある。
望んだ答えが出ていないけれど、望まぬ答えも出ていない。
そんな、可能性が残されている、今がいい。
だってわたしは『今さら、幼なじみを好きになってしまった女の子』なんだから。
「さ~て! 気持ちがさっぱりしたところで、食べまくるぞ~! たこ焼きと焼きそばとお好み焼きと~!」
「粉ものばっかじゃねぇか……」
「なんで? いいじゃん。そんなに高くないしお腹は満たされるしお祭り感強いし。コスパ良く楽しめるじゃん!」
「やっぱ陽花梨は、今でも男前だな~」
「ちょっと待ってその認識だけは訂正させて!?」
白坂陽花梨、一六歳……
彼が、好きです。
やっぱり、彼が好きです。
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