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【連載小説】すまいる屋⑤

前回④はこちらから

朝4時起きで、階段トレーニングをはじめて3日目だ。

不思議とすこしずつ、早起きが苦手ではなくなっていることに気づく。

夜になると自然に眠くなるので、あんなに手放せなかった睡眠薬も飲まずに、眠れる日がくるとは思わなかった。

そして私にとって一番ありがたかったのは、マイナスのことを考える時間が少なくなったことだ。

朝5時に団地をこーたさんと制覇し、家に帰ってシャワーを浴びて、洗濯物を干す。

そしてまだ人混みがピークになっていないスーパーで買い物をし、簡単な夕食のストックを作り、午後からすまいる屋に出かけるパターンが、今の私はすごく気持ちがよかった。

今日の予定は・・

ピリカさんとのセッションになっている。大丈夫だろうか。すごく厳しかったらやだな。

そう思いながらも、私の足取りは軽かった。なんの刺激もなく、求人情報を眺めるばかりの日々よりは、よっぽどいい。


「どうですか、調子は」

ピリカさんは私にコーヒーを淹れてくれた。とても香りがいい。カニさんの好みかしら。

「はい、だいぶ体調がいいです」

私は正直に答えた。ピリカさんは笑顔になる。

「よかった。最初の日より、顔色がすごくよくなりましたね。こーたさん、意外とスパルタでしょう」

「はい、達成感があります」

「森田さま、ご自分で変化に気づいてらっしゃいますか?」

変化?

そんな3日くらいじゃ痩せないし、却って食べる量は増えているはずだ。服だってこれは古いやつだし・・

「あの、とかその、っていう変な飾りが言葉から取れてきました。これね、自信がないときによく出るんですよ」

ピリカさんが立ち上がる。

「今日は少し、面接の練習をしましょうか」

「あ、はい!よろしくお願いします」

私は慌てて立ち上がり、お辞儀しながら言う。

「はい、それ、直しましょうね」

ピリカさんの声が飛んだ。

へ?まだ何もやってないけど・・

「森田さまは今、お話をしながらお辞儀をなさいましたね。この場合、声はどこに向かいますか?」

「え?下・・でしょうか」

「お見事です」

ピリカさんが笑う。

「お辞儀をする、と声を出す、という二つの動作を混ぜてしまっているので、お辞儀も声も中途半端なんですよ。よろしくお願いします、と言い終わってからお辞儀をしてみてください」

「はい。よろしくお願いします」

私はそう言いきってから、頭を下げた。

あ、なんとなくこっちのほうがカッコイイし、声も通る。

「今の動作ひとつで、まったく印象が違います。お辞儀と声出しの二つの動作を分けただけです。これを分離礼、といいます」

分離礼。初めて聞いた言葉だ。

「こういう風にね、ちょっとした違いが大きな差を産むんです。特に、就職活動においてはね」

ピリカさんが、ホワイトボードに

「言語、非言語」と太字で書く。

「森田さま、メラビアンの法則、という言葉をご存じですか?」

「メラビアン? あ、いいえ、知らないです。」

この研究は好意・反感などの態度や感情のコミュニケーションについてを扱う実験である。感情や態度について矛盾したメッセージが発せられたときの人の受けとめ方について、人の行動が他人にどのように影響を及ぼすかというと、話の内容などの言語情報が7%、口調や話の早さなどの聴覚情報が38%、見た目などの視覚情報が55%の割合であった。この割合から「7-38-55のルール」とも言われる。「言語情報=Verbal」「聴覚情報=Vocal」「視覚情報=Visual」の頭文字を取って「3Vの法則」ともいわれている。 Wikipediaより引用

「こういう風にね、森田さまが一生懸命志望の動機を練りに練って話しても、受け手にとってはたった7%の要素でしかないんです」

「えっ・・」

ちょっとびっくり。私、話す内容ばかり気にしていた。

「もちろん、内容がどうでもいいというわけではないんですよ。でも、それよりも表情や声、見た目のイメージで「非言語」を改良したほうが何倍も効果を発揮する、ということなんです」

なんと。

会社の情報をネットで探して、丸暗記してた私の苦労はなんだったのか。

「特に面接の場では、同じ様な色のスーツ、同じ様な髪型だと他の人との区別がつきにくい状態です」

はあ。確かに。

面接会場では、みんなが同じ様な格好で誰が誰だかわかんないもんね。

「なので、先ほどやったような所作や、声のトーン、目線、笑顔などが大事な要素になります。別人になりきる必要はありません。森田さまの今持ってらっしゃる雰囲気を活かすことが大事です」

ピリカさんが席に座り直す。

「あと、森田さま」

「はい」

「面接のときは、いまの森田さまのように手は膝の上、で正解なんですけど」

「あっ、はい」

それは知ってる。派遣会社のマナー講座も受けたもん。

「逆に対等な立場だったり、森田さまが人の話を聴いてあげるときは、手をテーブルの上に出してくださいね」

ピリカさんが手をひらひらさせる。

「私がこうやって、手を隠して話すのと」

「軽くテーブルの上で手を組んで話すのとでは、受ける印象はどうですか?」

「なんか・・手を出してもらったほうが、ピリカさんと話しやすい感じがします」

「お見事です」

ピリカさんが笑う。

「こうやって手を見せることで、私は何も隠しごとはないですよ、というアピールになるんです。だから相手はこのほうが話しやすい。ただ、面接では対等の立場とは言いきれないですから、手は膝の上」

なるほど。わかりやすいな。

「森田さまが、お友達の相談を受ける場合にでも使ってくださいね」

なるほどな。

私は先週、親友のネジリンから相談を受けた場面を思い出していた。

ネジリンはその時、仕事のことで悩んでいたようだった。私に愚痴を聴いてほしい、と連絡がありファミレスで話したのだ。

その時の違和感がずっと残っていたので、この際聞いてみようと思った。

「あの、ピリカさん、質問なんですが」

私にはネジリンが、途中でパッと我に返るようにして「ごめんね、こんな暗い話を聞かせてしまって」と途中で話をやめたように見えたのだ。

私は真剣に聞いていたので、急にやめられてびっくりした。

「なるほど、それは頷き不足かもしれませんね。こういうことが考えられます。この記事をご覧ください」

あ、たしかに。

私は話を聞く時、顔は動かさないな。

「森田さまは真剣に話を聞いていたのに、ネジリンさんには、共感されてないように映ったのかもしれませんね。これこそ、コミュニケーションのズレ、なんです」

ああ、ネジリンごめん。

今日帰ったら連絡してみよう。

「森田さまは、人の話を聴くのは苦手ではないですか?」ピリカさんが言った。

「はい、話すのは苦手ですけど、聴くのは全然苦になりません」

「それは森田さまの強みです。もっと聴いてますよ!と所作でアピールすれば鬼に金棒です。不思議と、うまく聴けるようになるとうまく話せるようにもなるんですよ」

なるほどなあ。

あ、こういうタイミングで頷けばいいのか。うんうん。


「ただいま帰りましたー」

バタバタとカニさんが帰ってきた。

「カニさん、買い物同行おつかれさまでした。今日は高藤さまとミムコさま、バクゼンさまでしたね。どうでしたか?」

「バッチリです!お三方とも150%増しで可愛くならはりました!そして、みなさんでお茶して帰ってきましたわ」

「さすがカニさん!」

ピリカさんとカニさんがハイタッチする。

「写真のほうもね」

カニさんがノートパソコンを取り出す。

「スタジオもいいとこがあったし、みなさんいい表情ですわ」

「今日のカメラマンはどなたでしたっけ?」

「もんちゃんです。さすがですね。もう北海道にとんぼ返りされてましたわ」

「ああ、もんちゃん、売れっ子さんですからね。しかたないけど、会いたかった」

写真までとってくれるのか。似合う服をカニさんと選んで記念写真。楽しそうだ。

シノ姉ちゃんがいうように、ここまでやってくれたら口コミもいいだろうな。

「雨、パラパラ降ってきましたよ。こーたさんは夕方のトレーニングですか?」

カニさんが窓を振り返る。

「はい、今日こーたさんは穂音さまのところから直退です。ほら、穂音さまは朝が苦手だから、夕方にやるんですって」

「頑張ってますね、穂音さん」

「こーたさんも、あんな細身なのにタフですよね」

ふたりの雑談を聴きながら、すまいる屋のみんなは、毎日クライアントのために頑張ってるんだな、としみじみ思う。

考えてみたら、自分のことにこんなに親身になってもらったの初めてかも。

私はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干す。

「明日も、もう少しコミュニケーションのお勉強にしましょうか」

ピリカさんが声をかけてくる。

はい、と返事をしながら、私の心はネジリンのもとへと飛んでいた。

私も、こんな風に誰かを元気にしたい。そんな思いが強く沸き上がってきた。

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今日は早めに更新しました。

メラビアンの法則、これたくさん本も出てますので興味のあるかたは読んでみてください。

分離礼は、実際にホテルマンやキャビンアテンダントの研修でメニューに入ってます。

これだけでかなり動きにメリハリがつきます。お金もかからないしね!

第一印象は3秒で決まるといいます。面接でいうと、もう席に座ったときには印象がついてるということですね。コワッ。(笑)

「コミニュケーションのちょいコツ」でいつかエッセイで書こうと思ってましたが、このお話のピリカさんに講義してもらいました。

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ピリカグランプリの賞金に充てさせていただきます。 お気持ち、ありがとうございます!