祈るということは。。。。。
自然の中に暮らしたい。
という止められない衝動により
都会育ちの私が熊野に暮らし始めて、
移住当初、ここが聖地という意識はなかったけれど、
わが身の埃をふるい落とすような出来事が次々起こり
聖地たる厳しさも体験して、
だんだんと自分がこの土地に引き寄せられた本当の意味を理解し始めた頃、
祈りは日常となった。
仲間の女性達と踊ったり、唄ったり、祈ったり
海や神社や、山や、滝で祈りを捧げる日々。
息子はファッションデザイナーで、
パーティービープルだった私を知っていたから
お母さん新しい宗教か?とビックリしていた。笑
いつからか、祈りは宗教儀式になってしまい、
特別な時にのみ行うものになってしまっていて。
日常から切り離されてしまい、
人々は普段から祈り心で過ごす事はなくなってしまったんだろうけれど。。。
私にとってはそれは特別な事でもなんでもなくて
祈りとはただ自然のなかに在る事だから。
その圧倒的な美に触れる瞬間、
自ずと畏敬の念と共に自然に感謝が湧きあがり、
エクスタシィともいえる悦びに繋がる。
そのエネルギーの交歓が祈りだと思っている。
だから特別な事じゃなく、
それは日々の日常の悦びと感謝
だからこそ私は自然の中に暮らしかたかったんだと
今なら分かる。
そして今日の新月の朝。
意識がなんだか変わっていた。
今までは
コロナ後の世界は一体どうなるんだろうって
ぼんやりイメージしていた。
でも今朝目が覚めた時。
どんな世界になるんだろう。。。
という受動的な感覚ではなくて
どんな世界を私は創り上げるのか、
私の行動、話す言葉、食べるもの、買うもの、
ふるまい その一挙一動、その踏み出す一歩、
そのひと呼吸こそが。
これからの世界を創りだすんだって事が
突然、五臓六腑におちてきた感覚。
どんな世界を創るのか
"能動的に意図する事は祈り"となる。
それは何よりも楽しい創造活動になるんじゃないかな。
課題は山ほどあるし、
まだまだ現実的と理想の間で揺れているけど
そんな自分も許しながら。
一呼吸ずつゆっくりと進んで行こうと思います。
そんな春の新月の一日。
Lokah Samastah Sukhino Bhavantu
生きとし生けるもの全てが平安でありますように。
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