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布絵に表現された生き物たちへの想いとの対話を−布絵作家・ヤマヤアキコ

◇プロローグ:布絵作家ヤマヤさんとの出会い


筆者がヤマヤさんの作品に出会ったのは、2019年に書斎ギャラリーで開催された『タマ公を伝える紙芝居原画展』でのことだった。
タマ公は新潟県五泉市で実在した忠犬で、2度に渡り雪崩から人命救助した犬として知られる。
その実話から生まれた紙芝居(原画担当・石川経治氏)の布絵をヤマヤさんが担当していた。

原画を布で忠実に再現していたことはもちろん、同時開催した『世界の名作童話に登場する愛らしい動物たち ヤマヤアキコ布絵作品展』で拝見した「長靴をはいた猫」で表現された猫の可愛らしさに息を飲んだ。

タマ公を伝える紙芝居原画展で同時開催された
「世界の名作童話に登場する愛らしい動物たち」ヤマヤアキコ布絵作品展の一部


表情筋が乏しい関係で無表情に見られがちな猫だが(猫と暮らしてる方は決してそうは思わないが)、ヤマヤさんの布絵の猫は、誇り高さだったりいたずらっ子だったり策士的だったり、でもとても可愛らしかったり。
ワンシーンごとに愛くるしい表情を見せてくれた。

布でこんなにも多くの表情を引き出し、作品の受け手にたくさんのワクワク感をくれたヤマヤさんの作品に一目惚れした。

もちろんこの作品だけではない。
空を自由に飛び回るツバメや、何かを見つけたときに一瞬だけ立ち止まるウサギの表情、5月の節句でお風呂に浮かべられる柔かな質感を持つ菖蒲の花など、ヤマヤさんから生まれる布絵はモデルの個性や性質そのものを見せてくれる。


ウサギのもちもちした毛並みを感じさせる


どうしてこんなことができるのだろう?
ヤマヤさんの作品に出会ってから、作品を楽しむだけでなくそんな疑問がずっと心の中にあった。

今回ヤマヤさんに実際お話を伺う中で、この疑問の答えを知ることができた。
作品から滲む「そのものらしさ」はある想いが込められていた。


◇布絵作家・ヤマヤアキコの誕生


ヤマヤさんの布絵の原点は、デザイナーとして活躍した土台にある。
学生時代にグラフィックデザインを学んだヤマヤさんは広告代理店や新潟のデザイン事務所で17年ほど勤めた後7年ほど上京し、この過程でグラフィックデザイナーや営業を経験した。そしてこの期間に仕事として、布と糸を素材としてイラストに布を貼る表現を始めた。
つまりこれが、ヤマヤさんの布絵の始まりである。



「裁縫は得意ではなかったんですが、祖母や母が裁縫をする人で針箱など裁縫道具が身近にある環境でした。そういう中で布が自然と好きになっていき、自分のイラストと合わせはじめました。布絵を始めた当初は作品をつくるという意識はなかったので発表するとか考えてなかったです。本当にただ好きでやってただけでした。」
とヤマヤさんは微笑んだ。


就職・上京の経緯の中でグラフィックデザインから離れた時期があった。その間にグラフィックデザインの世界は大きく変わり、現場の感性と技術に圧倒された。

「グラフィックデザインの世界に戻ろうとしたとき、あまりの変容ぶりにたじろぎました。と同時に、『この人たちと対等に仕事ができる気がしない』と感じました。」

この思いと共にあったのが、活動のベースともいえる「自分の表現」についての思いだった。

「グラフィックデザインはもう自分の表現にはならないと感じたんです。」

この思いを抱えた中で、ご縁から新潟県立図書館で初の個展を開催した。
開催時期は上京する直前の2008年ことだった。
展示した作品は、それまでに作りためた動物や植物の作品で、布絵作家としてのヤマヤさんの世界が世に出た瞬間だった。


県立図書館での展示の様子(2008年)


スクエア型の大きな布地にいろんな色の花を配置した作品、枝豆や金魚をデザイン的に配置した作品、絵本型の作品などなど、私たちの身近にある植物や馴染み深い動物をモチーフにした作品たちは、図書館の多くの来場者が足を止めた。


布絵の絵本に見入る子どもたち


そしてこのご縁をきっかけに、後に県立図書館のカードをデザインすることになった。これが2009年のことである。
ヤマヤさんのデザインしたカードは14年経った今でも使われおり、筆者の私を含めた多くの利用者と図書館を繋いでる。

図書館に入ると原画が入り口脇に飾られている


ヤマヤさんは上京して7年ほど東京で過ごした後、布絵作家として本格的に始動し現在に至る。
図書館での発表を「作家活動の始まり」とし、今年で活動15周年という記念すべき年となった。


◇作品の制作工程


では実際にどのようにして作品は生まれるのか。
作品誕生までの作業工程がこちら↓

①ラフデザイン作成

ラフデザインを下絵に進めたもの


②接着シートにパーツをトレース


③ ②を布に貼って線に沿って切ってパーツを作る


④布を切ってパーツを作りベースとなる布に貼る


⑤糸で縫い合わせてパーツを固定し完成

糸を入れる直前の様子。パーツの際の部分にデザインにもなる色の糸を縫い込む

となる。
ちなみに縫い込む糸はこちら。可愛いアクセントになってくれる。

糸と布の見本と実際にできた布絵作品


活動を始めた頃は完成のイメージが掴みづらかったこともあり、①の工程に
0−1 ラフデザインを作成
0−2 下絵作成
0−3 色付け(下絵完成)
という作業が入った。

現在では手を動かしながら完成のイメージが付けられるようになったため、ラフデザインから具体的なパーツ作成に入れるようになった。

「活動を続けることで頭の中でイメージを作れるようなりました。最初の完成イメージと実際に完成するものが違うこともありますが、そういう違いも楽しめるようになりました。」

長く作品を作り続ける中で作家としての勘のようなものが育ち、ヤマヤさん自身も己の力が及ばない部分に対しての許す気持ち(許容量といえるかもしれない)や余裕ができたのだろう。


10年ほど前からは布絵のワークショップ(以下WS)も手がけるようなった。
作家として試行錯誤をしていた時期で全てが手探りだった。
「WSではハガキサイズの作品をフォトフレームに入れて完成する作品を作ってました。1回につき2時間くらいのWSだったんですが時間配分がうまくできず終えられないこともあった。

WSをはじめて5〜6年はいっぱいいっぱいで『わーっ』という感じのこともあったのですが、意識を『技術を習得することではなく布絵づくりを楽しむ』に変えてから気持ちも楽になり、参加者の皆様にも気軽に楽しんでもらえるようになりました。」
その時の作品を見ると迷いがあることが感じられ、当時を振り返りながら時折恥ずかしそうにするヤマヤさんの姿が可愛く見えた。


◇ヤマヤさんの作品が私たちに与えてくれるもの


これはあくまで私個人の視点だが、ヤマヤさんの作品はシンプルで可愛い作風は昔から変わらないが、「作り込んだ上でのシンプルな作風」から「モデルそのものの自然な、シンプルな作風」に変化しているように思う。

動植物の体温や熱・シカや猫などモデルとなる動物の呼吸・ウサギが周囲の音に反応して耳を振る様子・花びらの滑らかな質感や風に揺られる様子など、見る側にそのモチーフの存在している場所や息遣いを想像させられる余白みたいなものを感じる。

「絵と対話ができる」
こんな言葉に言い換えられるかもしれない。

そしてこの視点はあながちズレていなかった。
ヤマヤさんは作品にこんな想いを込めているからだ。

「今のアトリエは自然が豊かな所にあります。そこには季節によって違う花が咲き、木々の様子の移ろいが感じられる。季節ごとの自然の美しさを感じられます。そしてそれを見ていると自然美には本当に敵わないなって思います。人間じゃ作れない。

また、ここには野生動物もたくさん訪れるのですが、彼らの自然の姿に『可愛い』を超えた何かを感じます。それがまだ言葉にはできないのですが、彼らが見せてくれる芯のある表情だったり自然の姿を布絵で表現したいと思っています。」


ヤマヤさんの愛猫・十一(ジュウイチ)。保護猫と暮らすようになり動物への関心・想いが深くなった。


時に害獣として捉えられることもある野生動物。人間にとって被害をもたらすものなので仕方ないという思いもあるが、作り手であるヤマヤさん自身が彼らの自然の姿を意識して作品を作ることで、それを受け取った人の何かのきっかけになれればと願っている。

「動物を守りましょうとかそういう具体的なメッセージではないんです。私もどうしたいか迷ってますから。でも人間の暮らしに邪魔になるから排除するという単純なことに違和感のようなものを感じていて。」
とヤマヤさんは形にできない思いを正直に話してくれた。

彼女自身もどうなりたいか具体的なイメージを探りながら、受け手となる私たちにも問いかけをしているように思う。
それが、絵と対話をしているような気持ちの根源なのだろう。


◇エピローグ:これまでの感謝を込めて「ヤマヤアキコ展 鹿鳴」


今月26日から三方舎書斎ギャラリーで始まるヤマヤさんの展示会では、活動15周年の感謝を込めてヤマヤさんご自身がおもてなしの心で来場される皆様を迎える。

鹿鳴とは、鹿は餌を見つけると仲間を呼んで一緒に食べる様子から「賓客を招き宴会をする」という意味を持っていることから、鹿鳴館の由来にもなった言葉である。
タイトルにちなんで、鹿をはじめとした野生動物をモチーフにした作品も展示する。

活動を続けてこられた感謝の思いをタイトルにこめ、もちろん展示する作品でもその思いを表す。
ヤマヤさんの作り出す空間は、訪れた人を穏やかで楽しい気持ちにさせてくれる片方で、言葉では意思の疎通ができないものたちとの対話の場ともなってくれるだろう。
そしてそれが、新たな世界へ視点を向けるきっかけにもなるのだと思う。

15年のヤマヤさんの軌跡と思いと感謝の心を、この展示でぜひ大勢の方に受け止めてもらえたらと願う。



8/26(土)〜9/3(日)に三方舎書斎ギャラリー・離れにて、ヤマヤアキコ展「鹿鳴」を開催します。会期中ヤマヤさんは終日在廊します。ぜひヤマヤさんに会いにいらしてください!
皆様のご来場を心よりお待ちしております!



執筆者/学芸員 尾崎美幸(三方舎)
《略歴》
新潟国際情報大学卒
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)通信教育学部卒
写真家として活動
2007年 東京自由が丘のギャラリーにて「この素晴らしき世界展」出品
2012年 個展 よりそい 新潟西区
2018年 個展 ギャラリーHaRu 高知市
2019年 個展 ギャラリー喫茶556 四万十町
アートギャラリーのらごや(新潟市北区)
T-Base-Life(新潟市中央区) など様々なギャラリーでの展示多数
その他
・新潟市西区自治協議会 
写真家の活動とは別に執筆活動や地域づくりの活動に多数参加。
地域紹介を目的とした冊子「まちめぐり」に撮影で参加。
NPOにて執筆活動
2019年より新たに活動の場を広げるべく三方舎入社販売やギャラリーのキュレーターを主な仕事とする。

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