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「兼業小説家志望」(仮題) 5コラボ小説


前回までのお話



部屋のドアを開けると、昼間の熱と湿り気を帯びたむっとした澱んだ空気が亀井の身体を包んだ。急いで窓を開けようとして手が止まった。

「殺されますよ」

現代討論社の渡邉の言葉が耳の奥にこびりついて離れない。
まさかな…
そう思ったが窓を開放するより、エアコンのリモコンをONにする方を選んだ。カビ臭い匂いが通風口から涼しい風と共に亀井の顔に吹きかけられた。

今年、冷房を付けるのは初めてか。

パジャマ代わりのグレーのジャージに着替えると
すぐにリビングのパソコンを立ち上げた。
最初は酔いに任せてスマホで綴った「悪しからず」だったが、世間からの大絶賛を受けてから、亀井は一端の小説家を気取って続編はパソコンで書こうと決めていた。「続 悪しからず」と題名を打ち込んでみたものの、そこから先へは進めなかった。

「殺されますよ」
ああ、またあの言葉だ。

ただでさえ続編が書けなかったのに、あんな話を聞かされた後で筆が進むはずがないのは自分でも分かっている。しかし、
「んじゃ、書かなければいい」
と言われて『はい、そうします』と答えるほどの潔さも持ち合わせてはいなかった。一度世間で注目を集めると「もう一度当てたい」と思うのが、凡人の性と言うものだろう。
凡人?物書きになりたいのに、自分を凡人と認めてしまっていいのだろうか?才能に恵まれたからバズッたのではないか?
亀井は続編を一刻も早く仕上げたかった。二回の高評価を得れば「まぐれ」ではなかったと世間が評価してくれるだろう。
「悪しからず」はダム建設をめぐり一家惨殺事件が起きたところで、犯人の特定が出来ない未解決事件として幕を下ろしている。亀井は「世田谷一家惨殺事件」をヒントにその結末を思いついたのではないかと酩酊した自分自身を分析してみたが、何の根拠もなかった。しかし、ここからメスを入れるとなると、もろに国家機密に触れるのではないか?

うん?その前に何故、偶然にそんな秘密裏なことをを描けたのだろう?偶然?全ては本当に偶然なのか?目を閉じると眼裏で渦巻きがぐるぐるとどす黒くとぐろを巻いた。

それにしても腹が減ったな

ジャージに着替えた後でまた着替え直して外出するのは面倒だった。冷蔵庫を開けてみたが、玉子と納豆くらいしか腹に溜まりそうな物はなかった。仕方なくデリバリーで何か出前を注文しようとして、スマホを掴む手が止まった。
推理ドラマでは大概、宅急便やデリバリーサービスが殺しを仕掛けにやって来る。Amazonの箱の中に時限式発火装置が仕掛けられていたり、出前のオカモチの中からピストルが出てきて「ダーンッ」で、一巻の終わりだ。いや、今は消音装置が付いていて「プシュッ」でThe endか。
亀井は激しく頭を振った。

待て待て待て…
いやいや、それはいくら何でも飛躍し過ぎだろ。

妄想のし過ぎだと自分に言い聞かせてみたが、前歯はカチカチと音を立てて震え続け、冷たい汗が脇の下をつたった。
「一人になるな」
そう言われたが、一人暮らしなのにどうしたらいいんだ?

落ち着け、落ち着け!そうだ!とりあえずシャワーを浴びよう。

このまま空腹を抱えて眠るにしても、外へ買い物に出掛けるにしても、草野球でかいた汗を洗い流してからの話だ。そう、例え殺されるにしても身綺麗な方がいい。バカ、どうしてそこへ話が舞い戻るんだよ。
シャワーのコックを全開にして、熱いお湯を浴びた。湯気が浴室の中にふわふわと舞い上る。ガシガシとシャンプーをしていると少し気分が落ち着いてきた。
何故、恵理子さんは紫外線を浴びたくないのに応援に来ていたのだろう?吉井へのあの拍手は?いや、それはまだいいとして、渡邉と隣同士の席だったのは偶然なのか。
シャワーを浴びてドライヤーで髪を乾かしても時計の針は、まだ8時だった。明日は営業部は代休を取っていいことになっている。
亀井は白シャツを着て、チノパンを穿くと渡邉から受け取った高性能カメラをズボンのポケットに押し込んだ。
この部屋に一人で居るよりも人気の多い街へ出た方が安全かもしれない。その前に自分の精神を守るために外へ出よう。

日曜日の夜8時を過ぎでも、まだ駅前は人で溢れていた。木を隠すなら森の中へ、人を隠すなら人混みの中だ。亀井はステーションビルの中にある、なるべく混んだ店で牛丼を注文した。パチンと割った割り箸が左右対称にならない。神経をとがらせている自分を辺りに注意を払いながら、汁だくの飯と一緒にかきこんだ。

うん?待てよ。田中角栄の運転手は自殺だった筈だろ?こうして精神を病んで追い込まれたんじゃなかったのか?それとも、やっぱり渡邉が言うように…

牛丼の金をレジで払い終えても、亀井の足は家には向かわなかった。数時間前までは予想もしていなかった「死への恐怖感」に押し潰されそうになっている自分を発見して可笑しくなった。
結構な弱虫じゃないか、オレって。
真理ちゃんの店でも行くか。
酒に逃げるつもりはなかった。でも、どうせ家に帰っても書けない。
亀井は一駅先の真理子の店へ行くためにホームに出た。日曜日の夜といっても親子連れや夜遊びのJK、大学生などで比較的ホームは混んでいた。

「まもなく3番線に列車がまいります。危ないですから黄色い線の内側までお下がりください」

いつものアナウンスが流れた、その時だった。
亀井は背後にふわっと触れる何かを感じて、ゾクッとした。
突き落とされる!?
「誰だ?!」
背筋が凍る思いで振り返ると赤ん坊を抱いた女性が
「す、すみません、この子の手が触りましたか?」
おどおどと謝った。よほど酷い形相をしていたのだろう。亀井と目が合った赤ん坊は火が付いたように泣き出した。
「あ、いや、大丈夫です」
そう言いながら、亀井はホームの柱の影に走り去る黒いパーカーの男を視線の隅に捉えた。

走る列車に揺られながら、これは単なる「予告」に過ぎないだろう。このまま毎日この恐怖と闘いながらオレは書けるのか?自分に問い続けた。
じゃあ、どうすればいいんだ?渡邉の取材が成功して不審な大物政治家達が逮捕されるのが先か、オレの精神が崩壊するのが先か。否、こっちは生命が掛かってるんだ。

「次は〇〇〜、お出口は右側です…」

列車が真理子の店のある駅に到着する前に亀井の腹は決まった。
会社を辞めよう。そうすれば毎朝、あの混んだホームに並ばなくて済む。ホームに転落させられる前に「続 悪しからず」を発表してしまえばいいんだ。
『出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は打たれない』
経営の神様 松下幸之助の言葉にすがりつきたい思いだった。

真理子の店に着くとカウンターで常連客と飲んでいた彼女が亀井に気付いて笑顔で招き入れた。
「亀井さん、いらっしゃいませ。日曜日に珍しいわね」
おしぼりを渡されて席に着いた。
「真理ちゃん、オレ折り入って話があるんだけど…」
「えっ?」
「早急に時間作ってもらえないかな〜?」
「いいけど、急ぎなら今聞くわよ」
「うーん…そうだな、人気があった方がいいかもしれない」
「じゃあ、空いてるボックス席にいきましょうか」
「早川さん、オレ、とりあえずビール」
「かしこまりました」
ボーイの早川がカウンターの中から返事をした。

「此処でいいかしら?」
一番端の四人掛けの席に真理子が亀井を誘導した。今日の彼女は濃紺のワンピースを着て、白いハイヒールを履いている。その後ろを歩くとふわりと甘酸っぱいコロンの香りが漂った。恵理子とはまた違う大人の女の色香を感じさせた。
「オレ、殺されるかもしれない」
「えーー?!何言ってるのよ」
真理子は白い歯を見せてコロコロと笑った。
「こんなこと、冗談で言えるか」
何処かで聞き覚えのあるセリフだった。
亀井は現代討論社の渡邉が今日、わざわざ訪ねて来た事、『悪しからず』が偶然にも国家機密を暴露するような内容であった事をかい摘まんで説明した。
「ふーん、で、私にどうして欲しいの?ボディ・ガードを紹介するとか?」
真理子は早川が亀井のビールと一緒に運んできた赤ワインのグラスに口をつけた。
「会社を辞めようと思うんだけど…どう思う?」
小説を書けと言ってくれた真理子なら、きっと賛成してくれるはずだ。ところが意外にも
「つまり殺されるかもしれないから会社を辞めるってわけね。意気地なし!」
彼女の答は亀井の想像に反していた。

「だって、ついさっきも駅のホームでさ…」
「いい?人は絶対にいつかは死ぬのよ。その命題だけは、どんな億万長者だって、どんな優秀な頭脳の持ち主だって逆らえないの。ビル・ゲイツだってね」
「おいおい、真理ちゃん」
「第一、会社を辞めたら何処に住むのよ?生活費は当面、退職金と失業保険で賄うとして。今のマンションに住めるの?」
「だ、だから〜、オレは小説を『悪しからず』を書き上げて世に出るの」
「甘いわね」
「へっ?!」
「亀井さん、社会って刺激の中でアンテナ張ってたから、今回の『悪しからず』が書けたんじゃないの?もちろん、読ませてもらったけど…」
「それはそうだけどさ」
「じゃあ、踏ん張りどころなんじゃない?」
「でもさ、殺されるかもしれないんだぜ、オレ」
「まだ、そう決まった訳じゃないわよ」
真理子はワンピースの裾から覗く脚を組み換えながら悠然と微笑んだ。
店内に生けてある真紅の薔薇の残像なのか、亀井の頭の中を紅い渦巻きがぐるぐると回った。

(3772字)

つづく


理生さん、ゆうーっくりお願いしますm(__)m


ちゃんと拾えてるかな?
急いで書いたから、ちょっとクオリティ低め(泣)
後から情景描写とか手直し入れます。
やばめ、やばめ、やばめ…

















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