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ゲーム配信コンテンツ「ストグラ」の社会



このストグラ(正式名称『ストリートグラフィティ ロールプレイ』)の楽しさ、楽しみ方を紹介している記事はすでにいくつも公開されているので、ここでは、このストグラを「社会」として捉えて、ここで起きていること、ここからわかることを考えてみる。

ストグラは架空の街に配信者の集まる「社会」であり、そこでの活動は「生活」である。それは現実世界と等しいのではないか。そこに、来るべき仮想空間(メタバース)を活用するヒントがあるのでは、と考えている。

※本記事は、2023年9月時点の内容に基づいて記載したものである。

VCRGTAとストグラ

2023年7月に開催された配信者向けのイベント「VCRGTA」。ゲーミングコミュニティ「VAULTROOM」とプロゲーミングチーム「Crazy Raccoon」(2018年結成)が主催したイベントで、PCゲームの”Grand Theft Auto V”(GTAV)を舞台とした配信イベントである。

「VCRGTA」は有名配信者が数多く参加したこともあり、合計40万人を超える同時視聴者数、また、ゲーム販売プラットフォームSteamではGTAVの販売数が一時的に上位に登場するなど大きな影響を与え、7月30日に約2週間の開催期間を終えた(なお、GTAVは2013年発売のゲームである)。

VCRGTA期間中にTwitch視聴数(日本語圏)が急激に伸び、
それ以降も増加傾向にある
SulltGnome.comより

VCRGTAに参加し、仮想の街ロスサントスでロールプレイすることの楽しさを知った一部の配信者は、終わってしまったロスサントスでの生活を懐かしみ、「帰国」する選択をした。彼らは違う世界線ではあるが、同じロスサントスの風景が広がっている「ストグラ」に辿り着いた。

VCRGTAの参加者は、主催者によって招待された有名配信者である。彼らは、数万、数十万人のフォロワーを抱え、「ストグラ」にそのフォロワーと共に移住した。それによって、一部の視聴者にのみ知られていた「ストグラ」が多くの視聴者の目に触れ、注目されることになった。

有名配信者たちは、同じ景色のこの街のルールにすぐに順応し、様々な住人に出会った。その出会いが配信されると、その個性的な住人たちの存在が視聴者に知られることになり、従来の住人たち(配信者)のフォロワー数も増える現象が起きた

「ストグラ」は、配信者コラボレーション型コンテンツともいえ、ロールプレイというスタイルのため、現実世界での有名配信者とそうでない配信者の関係性がリセットされるという特性をもつ

ストグラとは?

配信者のしょぼすけ氏が2022年より主催、運営をしている配信コンテンツである。

GTAVを仮想空間の街(名称:ロスサントス)として利用できるようにMODを使ってカスタマイズ。その街で、ゲーム配信者が警察やギャングをはじめとする職業や役割の架空の人物を演じて生活し、その姿を配信プラットフォームを通じてゲーム実況配信を行う。

GTAVとの違い
ストグラ GTARPサーバー説明分より

2023年9月時点で最大で150人程度の配信者が同時にこの街に滞在し、この街の様子を同時に配信。視聴者は、自分の好きな配信者、好きなキャラクターのロスサントスでの「生活」を配信を通じて楽しむことができる。これは、仮想「現実」でのIRL(In Real Life)配信とも言える。IVL(In Virtual Life)といったところか。

2023年9月時点でこのコンテンツに参加できるのは、申請した配信者のみ。サービスの稼働時間は、毎日17:00から29:00まで。24時間になっていないのは、メンテナンス時間を設けるためと、配信者が熱中して睡眠時間を削ってまで没入することがあったためだという。

このコンテンツの楽しさ、楽しみ方については、既に記事にされている方がおり、とてもよくまとまっているので、そちらを参照してみて欲しい。

ロスサントスは「社会」である

しゃ‐かい〔‐クワイ〕【社会】 
人間の共同生活の総称。また、広く、人間の集団としての営みや組織的な営みをいう。「―に奉仕する」「―参加」「―生活」「国際―」「縦―」
人々が生活している、現実の世の中。世間。「―に重きをなす」「―に適応する」「―に出る」

デジタル大辞泉(小学館)より

ロスサントスは架空の街であるが、ここは以下の要素をもったひとつの「社会」であるといえる。

  • 他者がいる

  • 他者と共有できる「場」がある

  • 他者とのコミュニケーション、共同作業がある

  • 職業など「やるべきこと」がある、それらを作ることができる

  • ゲーム内経済圏がある

ロスサントスは、ギャング、警察、市民で構成されている社会であり、2022年からこのバランスが日々変化しながら、歴史を刻んでいる。

ロスサントスを構成する住民

また、この「社会」には、議員としてロールプレイする配信者によって構成される市議会が存在し、ストグラの社会的、経済的ルール、ゲームとしてのバランスを調整する仕組みがある。
(正確にはこの街の「ルール」については、配信者にのみ公開されている。これは、ルールを視聴者に公開することにより、熱狂的な視聴者がいわゆる「警察」的存在となり、過激で批判的なコメントが発生するトラブルを防止するためである)

現実社会はロールプレイである

現実社会で生活している我々は、職場や家庭、友人、地元のコミュニティでその環境にふさわしい役割をもち、それを演じている。現実世界でもロールプレイをしているといえる。ロスサントスの社会での生活もロールプレイである。

「分人主義」という考え方がある。作家の平野啓一郎氏が提唱した概念で、従来の「個人主義」に代わる新しい人間のモデルである。分人主義では、個人というものはなく、人は環境に応じて自分を変えていると考える。その環境ごとの自分を「分人」と呼び、周囲の人も自分に対する分人を持っていて、自分もその人に対する分人を持っているとしている。分人主義では、中心に一つだけ「本当の自分」を認めるのではなく、それら複数の人格すべてを「本当の自分」だと捉える。

ロスサントスで生活する配信者たちは、現実と仮想空間でロールプレイをし、「本当の自分」を増やしているともいえる。同時に、ロールプレイによって、現実世界では実現できなかった自分を求めたり、実現する場にもなっている。

ストグラの配信で印象に残っている出来事がある。配信者がロールプレイ中に感極まって涙を流すシーン。これは単なる感情移入ではく、分人の中のひとりの自分が、現実社会で生活し、体験するのと同じように実体験として生活しているからこそ見られるシーンなのだと思う。

配信者によって作られる物語

ストグラは一般的なゲームと異なり、ゲーム内のタスクを攻略し、消費することは重視せず、「ドラマ(物語)」を創出することを重視している。

ストグラ運営から提供されるのは、ロスサントスの架空都市空間、最低限度のルール、ゲーム内のイベント、タスクである。様々な職業や役割が用意されているが、「物語」は提供されていない。必然的に物語は配信者が作ることになる。

ストグラの主な職業(ストグラ まとめ @ウィキより)

職業や役割は、ゲームシステムとして用意されているものもあれば、そうでないものもある。注目すべきは、システムとして用意されていない職業である。ストグラでは、ゲーム内通貨のやり取りができる。アバター、通貨、施設、人との交流があれば、アイデア次第でどんな職業もできる。

つまり、配信者の工夫、創造力でシステムを改変せずにやるべきこと、できることをいくらでも創出することができる。コメディアン、占い師、詐欺師、カウンセラー、金貸業、絵描き、ミュージシャン。これらは一例である。

GTAVはクライムアクションゲームで、主人公はギャングと警察である。ここではギャングを例にして、いくつかの物語をピックアップしてみる。

縄張り争い

ロスサントス都市部の縄張り

2023年9月時点で5つの勢力が縄張り争いをしている。ストグラの歴史では、ギャングの誕生と衰退、滅亡が繰り返されている。ただし、ギャング間の抗争は日常茶飯事に発生する訳でなく、ほぼ均衡状態にある。

ギャングは、犯罪をし、金を稼ぎ、縄張りを広げることが主目的であるが、ギャングのボスたちはこの街でギャングがどうあるべきか、どう長くこの街を楽しむことができるのか、ギャングのボスとして、かつ配信者として考えている。最強の武器、大金を手に入れ、凶悪な犯罪をし、全ての縄張りを獲得することだけが、この街のギャングの存在目的なのか、自問する。

組織をつくる

ギャングはリーダーとなるボスを頂点とした組織である。ボスだけでは、ギャングとして成立せず、構成員となるメンバが必要である。当然ながら、そのボスも配信者であり、常にこの街にいる訳ではない。ロスサントスで機能する組織そして、配信コンテンツとして楽しめる組織を形成するために、適任なメンバを獲得する必要がある。

これは、あるギャングが新規メンバの採用面接をした後のあるギャング幹部の打ち合わせのシーンである。ロールプレイではあるが、その内容は現実世界の人材採用と変わらない。

警官からギャングへ

警察とギャングは対立する存在であるが、警官からギャングになることも可能である。もちろん、ゲームシステムとしては、このキャラクタの属性が変更になるだけであるが、ストグラはロールプレイであるため、転職のための「物語」が必要となる。

このシーンでは、他の警官と馴染めず、むしろ犯罪者であるギャングたち仲が良かった警官が、ギャングのファミリーに居場所を見つける物語をロールプレイしている。警察署内での上官との最後の対話のシーンである。この配信者はこの日、涙を流しながら配信をしている。

このロスサントスはそれぞれのキャラクターの物語が自ずと誕生する土壌になっている。配信者は、人との交流や配信コンテンツを創出する創意工夫を楽しむ資質があれば、半永久的にこの社会を楽しむことができる。こうした配信者たちの演じるキャラクターのぞれぞれの物語が積み重なり歴史が作られている。

ストグラで行われている試み

ストグラでの様々な試みについて、ここで紹介したい。

ストグラ概要

✅ストグラの視聴者、配信者向けにdiscordサーバが公開されている。
✅世界観を説明するための、ファンが作成した非公式のwikiがあり、有志によって、メンテナンスされている。ここで、参加者などの情報を得ることができる。

✅ゲーム内の世界にもスマホが存在し、旧TwitterやInstagramに相当するアプリがある。その世界のタイムラインがdiscord内のチャネルにそのまま公開されており、ロスサントスの世界を現実世界から覗くことができる。

ロスサントスのSNSのタイムラインをdiscordで見る

✅視聴者のファンアートが、ロスサントスの街の車両のステッカーや街のグラフィティ、ゲームのローディング画面として採用されている。
✅ゲーム内の用語は、ロスサントスの世界観を壊さないために、特殊な用語に置き換えている。例えば、配信は「衛星」、視聴者は「観測者」、ゲームの再起動を「瞑想」、ゲーム内のグラフィック向上は「レーシック」、プレイヤーが使っているdiscordサーバを「六法」と表現している。ロールプレイ内では、この表現を徹底している。下記リンクのwikiに用語集あり。

✅ゲーム内に登場するロゴやキャラクターを使ったグッズの販売をしている※ただし、ロスサントスでは、GTAV(ロックスター・ゲームス社)の規約上、実在する商品を宣伝するなどの商用利用はできない。

✅運営は寄付によって成り立っており、寄付の特典として、限定配信コンテンツや、ストグラの世界を体験するための、ミラーサーバの「ストグラFV」への参加権を得ることができる(2023年9月時点で参加者多数のため、参加権の提供は停止中)。
✅寄付には、現時点でSteamElements、PIXIV FANBOX、partreonの方法が用意されている。一部は、応募者多数のため、受付を停止している。
✅配信チャネルとのコラボレーション。株式会社E5esports Worksの運営する配信チャンネルが、ロスサントスに飲食店を期間限定で開店し、同チャネルの宣伝。

✅期間限定イベントとして、視聴者による参加キャラクターの人気投票を実施。

✅配信コンテンツ「ストグラジオ」の提供。ストグラの参加キャラクターをゲストとして主催者のしょぼすけ氏がホストを務めるトークショー。Twitchのしょぼすけ氏のチャネルで定期的に配信。

✅ロスサントスには多彩な才能の持つ住人がおり、ミュージシャン、シンガーもいる。ロスサントスのキャラクターとして、ロスサントスの街オリジナル曲を作成し、MVを発表している配信者もいる。また、そういったキャラクターを集めて、音楽フェスを開催している。

✅ストグラでの出来事のダイジェスト動画が運営によって公開されている。通常のゲーム配信コンテンツと同様に、各配信者のチャネルでもストグラの「切り抜き」動画が制作されている。


ストグラのこれから

海外の事例として、Minecraftを使った類似のプロジェクト Dream SMPがある。コロナ禍の始まった2020年に登場し、熱狂的な支持を得て注目されたが、2023年に終焉を迎えた。その理由は、この中心人物がプレイする時間をさけなくなった、つまり「多忙のため」とされている

どんな人気コンテンツにも「マンネリ」との戦いがある。ストグラは2022年に開始され、1年間継続した実績がある。これだけ継続することができたのは、このコンテンツの面白さもさることながら、この社会を楽しみ、維持する自律的な働きがあったためだと思う。

いまストグラが注目されているのは、有名配信者の参加によるものである。いずれ有名配信者も去り、このブームも去る時がくる。ただ、ストグラが「ゲーム」でなく「社会」でありつづけることができれば、流行り廃りに関係なく、存在し続けることができると思う。

ストグラに必要なもの

なによりも必要なのは、この「ゲーム」を楽しむのではなく、この「社会」を楽しむことができる参加者である。

この街は、警察、ギャング、市民で構成されている社会である。この構成は、GTAVがクライムアクションゲームで、主人公はギャングや警察であることに由来している。

ロスサントスを構成する住人

この「社会」を持続的かつ豊かな土壌にするのに必要なのは、この街の主役を「市民」にすることであるように思う。GTAVは、警察と泥棒の「ケイドロ」遊びである。この社会での楽しみがこの「ケイドロ」しかない状態では、飽きやすい。それを回避するためには「市民」の存在意義を向上することが重要に感じる。ただ、これはGTAVのクライムアクションゲームというテーマと根本的に異なるものなので、これは大きなチャレンジになると思う。一部の配信者も同様のことを考えているようで、この観点で今後も注目したい。

この配信コンテンツは、人との交流やコンテンツを創出する創意工夫を楽しめない配信者には不向きである。当然のことならがら、「いまストグラが注目されているコンテンツである」という理由だけで参加する配信者には向いていないし、おそらく長続きしない。現時点では、配信者自身の配信コンテンツとしてはもちろんのこと、このロスサントスの社会を破綻させずに楽しみ、盛り上げることができる、そういう配信者が必要で、現時点でそういった配信者が集まっているように感じる。

運営するための継続的な資金の確保も必要である。現状は、注目されている試みであるので、寄付などの支援も増えているようだ。ロスサントスを利用した収益化はできないため、この社会を維持するための継続的な資金の調達が必要である。

ストグラに参加している各配信者のフォロワー数、サブスクをはじめとする収益も、ほぼ増加していると思われる。有名配信者も安定した同時視聴者を維持し、有名配信者が連れてきた視聴者が他の配信者の同時視聴者数の増加も促している。

なぜ仮想空間のロスサントスに集まるのか

ストグラは配信コンテンツである。基本的には配信者たちがフォロワーを伸ばすため、サブスクや投げ銭をもらうためのコンテンツである。では、単に収益のためにロスサントスの住人になっているかというと、必ずしもそうでないように感じる。

なぜなら、配信をせずにプレイする配信者もおり、これはロスサントスの生活に没入し、楽しんでいるためだと考える(配信をせずにプレイするのは、コメントが「荒れる」ことを回避するという目的もある)。

なぜ、配信者たちはこのコンテンツに没入するのか、なぜ、このコンテンツが今、配信者たちをひきつけるのか。将来、メタバースのような仮想空間での社会を構築する時代がくるとしたら、そのためのヒントがこのストグラにあるように感じる。


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